理1・荻原須喜・8

ますます、ありがたしと信心していたが、明治八年九月に参詣した時に、金光様が、
「丑の年(須喜)、親のもちかえはできぬものじゃからのう。親を大切にしなさいよう。来年の四月二十一日には丑の年(利喜三)が安心のおかげをいただくぞ」
と仰せられた。(2)そこで、「父も来年の四月二十一日までの寿命かな。大切に大切に」と家内中その心を忘れず、何かと注意してできるだけ大切にしていたが、その年も過ぎ、正月も二月も三月も過ぎ、四月になり、四月二十一日になっても何の変わった様子もなかった。(3)「金光様の仰せに百に一つの間違いもないのだが、このことばかりは違うておった」と、その朝、夫婦語り合うていたが、利喜三は村内の高原松之助さんと大話をしながら、裏の菜園で種をまいていた。(4)それがすんだのが午後二時ごろで、松之助さんは帰り、利喜三は家に入って、「お須、少し気分が悪いから、お茶を一杯持って来てくれ」と言った。私は聞くより早く、宙を飛んでお茶を持って行ったが、そのお茶を飲む間もなく、ううんと後ろへそって、そのまま亡くなった。
(5)先に源兵衛お授けの時も少しも違わずお授けになり、この度、利喜三のお引き取りも一分一厘違わぬが、ただ単に違わずに前からわかるだけではない。神が人を造りも殺しもし、あるいはまた病気も差し向け、快癒もさし、神が自由自在にしてござることを思わしていただく。

  1. 理3・内伝・13

  2. 理3・内伝・12

  3. 理3・内伝・11

  4. 理3・内伝・10

  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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