明治五年、午の年男二十六歳の年に大傷寒となり、まことに大熱になり。また、九日ばかり口切れており、体はまことに骨と皮ばかり。夜昼、つりぶとんの中で身動きはできず、まことに見るばかり(手の施しようがない)。戌の女(妻古宇)二十二歳の時、子供二人ある中で、かくの次第。(2)父酉の年男(実太郎)が参詣いたし、金光様へ御願いあげ、ご理解に、
「萱野午の男は常におかげは受けておるから、『心配をやめて信心をせよ。おかげはわが心にある』と帰って言うて聞かせよ」
とあり。
明治五年、午の年男二十六歳の年に大傷寒となり、まことに大熱になり。また、九日ばかり口切れており、体はまことに骨と皮ばかり。夜昼、つりぶとんの中で身動きはできず、まことに見るばかり(手の施しようがない)。戌の女(妻古宇)二十二歳の時、子供二人ある中で、かくの次第。(2)父酉の年男(実太郎)が参詣いたし、金光様へ御願いあげ、ご理解に、
「萱野午の男は常におかげは受けておるから、『心配をやめて信心をせよ。おかげはわが心にある』と帰って言うて聞かせよ」
とあり。