理1・徳永健次・9

また、近傍の人参り合わして、その人が、「私は銅山を四年ほどいたしましたが、大損害を受けました。もう一年やって、もうけられましょうか、どうでござりましょうか。もうけられますれば、もう一年やってみますが」と申しあげると、
教祖「それは、もうけられるやら、もうけられぬやら、やってみねばわかりませんのう。
(2)周防のお方、今お帰りてはどうじゃ。私の話は、いつまで話しても、みてる(尽きる)ということはありません。書物などを見て話すのならば、これまで一切り話したからやめるということがありますが、それでないから、いつまで話しても、みてるということはありません」
徳永「私は風が悪くて帰られません」
教祖「そんなら、陸をお帰りてはどうじゃ」
徳永「私は船を借り切りにして参詣いたしましたのでござります」
教祖「そんなら、どうもなりませんのう」

  1. 理3・内伝・13

  2. 理3・内伝・12

  3. 理3・内伝・11

  4. 理3・内伝・10

  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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