私は生来軟弱にして、幼少より痰の持病あり。両親は心配して、児島巡拝も、七、八回もなし、神社仏閣、祈願せざる所なし。しかるに現在の地に嫁せし後も全快せざれば、明治九年、教祖の神あるを聞き、参拝して教えを請いしに、
「寅の年(難波幸)は、本年は命数の尽きる年なれば覚悟せよ」
との教えなり。(2)しかるに私には当時、西も東も知らぬ幼少の娘あり、今にして死なば、一家の浮沈にも関することゆえ、なにとぞ一命お救いくださることを教祖にお願いせしに、
「かれやこれやと心を迷わさず、一心の心をもって三か年祈願せば、病根を断つべし」
との教えなり。(3)それより、ますます一心の祈願をもって、2年3か月にして持病全く病根を断ち、今日に至るまで医薬の味を知らず。本年(昭和八)九十二歳の寿命を保てるものなり。
..仁科志加の伝え