何年何月何日と申すことは覚えぬことに候えども、参詣いたし候折、恐れながらに、「金光様へお伺い申しあげまするが、さて、一心と申すこと、はなはだむつかしきものと思います。拝みながら、いろいろのことが思われましたり、心の内がどさくさといたしますようにござりまするが、どういうものでござりましょうか」と申しあげ候えば、
「一心になる心は、子供をこしらえる時のようなぐあいに思い知れよ」
と仰せこれあり候。(2)このご一言を承り、なるほど万事悟るべしと思い候。これ、実の一心なり。子供をこしらえる時に、とても、歌を歌い歌いはできぬ。また、余のことを考え考えではできぬ。実に、一心とは一筋の心なり。これを悟りて感心いたし候。一心、実はこれなり。