一代信心は神は喜ばぬ。子孫に続く信心をせよ。(2)これまでは、懐妊の時、腹帯をするしきたりもあるが、此方が「懐妊の時腹帯をするより、心に真の帯をせよ」と教えるのはなにゆえか。腹帯をしておりても、なみ合いの帯をしておらねば、人が見ても見苦しい。腹帯よりも心に真の帯をして、懐妊中は格別に心を改めおるのが信心である。
(3)昔から、懐妊の人は葬式を見ても悪い、親類でも見送りをもせん、また、火事を見れば赤あざができるというて恐れておるが、それは形の上のあざである。真に大切な心にあざのできぬよう信心するのが大切である。
(4)世の中には、嫁をもらい、きげんよくしておるうちに懐妊して、仕事が十分できねば、家族のきげんも間違うて、目先の仕事ばかり思うて、だんだんやかましくなることが多い。このゆえに、心に真の帯を家族の者からさせてやらねばならぬ。本人が真の帯をしておると、よい子を産まねばならぬと思いつめ、ちょうど、たとえて言えば、着物や羽織を縫うにも、人中へ来て行く物と思い、念を入れて仕立てるようなものである。
(5)水は方円の器に従い、人は善悪の友によるというが、母の胎内は器のようなものである。水は円い物に入れれば円に見え、角の物に入れれば角に見える。母親が真の心を持ち、神様の氏子がわが胎内におるという尊き心持ちで家業を潔く働き、親兄弟に親切をして信心に油断なく、教育に油断がなければ、先祖へご無礼なく、国家繁盛のもととなるから、日々家業働く心と真心とを失わぬよう、今月今日で信心するがよろしい。
(6)出産の時、親神様のおかげをこうむるということを知らずに、「喜び(出産)の模様じゃ。暦はどこにあるか、明き方はどちらか。さあ、水がこぼれる。不浄になった」と言うて、神様に遠慮するようにしておる。
(7)また、よかり物によかり、足を伸ばさぬようにして、枕を下げて眠らん習慣であったが、神の教えには、「よかり物によかるより、神によかり、もたれよ。天地の親神を頼み、枕を下げて足を伸べ、安楽に寝るもさしつかえなし」(8)今は金光大神一人教えておるが、今後は、医師が、足を伸べて横に寝ることを言うようになるぞ。これも神様のお伝えであるから違いはすまい。ただ一度でも早く足を伸べて寝るよう、おかげを受けなさい。