理1・山本定次郎・45

神の前に参りて祈願してもらう時は、百姓にたとえてみれば、田の水が干て困ると言うて水番を頼み、水は用水路に流れ、田に入りこんでも十分ぬまらぬ(ぬからぬ)、よく見れば、だんだん穴があいていたというようなことでは、神様のおかげをいただくにも暇がいる。せっかく参って祈願するほどのことであるから、神様と病人との間に風も通さぬほどの一心で願いなさい。此方には、帳面へ書き記したうえ、毎日願うのである。
(2)子供にたとえて言えば、子供が四、五人ついて来た時、豆をやると言うて持って出て、早くやろうと思うて待っておるのに、遠慮深い子供は後になる。気安い子供は前へ来るから早くもろうて帰る。(3)此方の話を聞いて満腹し、帰る道で人の話に気を取られたり落としたりせぬようにしなされ。
(4)病気というても一通りにはいかぬ。たとえば、家のいたんだのを大工が作事するにも一様にはいかぬ。病気によりて、祈願すると直ちにおかげをいただく人もあり、また、何週間という日参をしたうえでおかげを受ける人もある。かようなわけがらは、たびたび此方の話を聞く人でなければ知ることはできぬ。

  1. 理3・内伝・13

  2. 理3・内伝・12

  3. 理3・内伝・11

  4. 理3・内伝・10

  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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