人間が食い飲みする時に、このくらいでよろしいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。体に相当するのである。それを、もう一杯、また一杯と、我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神様へ対しご無礼ではないか。また、食い過ぎ飲み過ぎして、嘔吐をする者もあるが、これも悪い考えである。
(2)信心する人は神様の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である。食い飲みをむたいに強いるのが親切ではない。国のため、人の身のため、わが身の上も思い、万物を粗末にせんような、真の信心するがよろしい。
(3)百姓の人は、一粒の種から積もれば何石というようになるのも知っておられるが、一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心するがよろしいなあ。