生神金光様ご在世の時お広前に参拝仕り候節、左に記載するところのご理解を拝承仕り候間、そのまま記載仕り候。
「これまで旧暦というて暦に数々の吉凶の日を選み、または数々の忌むような日を選みおりしところ、今度、明治の世となりて旧暦を廃され、太陽暦と改正に相成り。ついては、お上のご政事も改正に相成り、これまで国々に大名あり、その大名に守名カミナあり。たとえば、芸州には松平安芸守というごとし。その守名もお上よりお廃しに相成るようの世となりしゆえ、神にも、これまで許せし神号を廃し。
(2)神号とは、これまで、わがこの道を信心しておかげをいただきたる人に、一乃弟子、明神、金子宮、大明神などの神号を受けたる人、数々あれども、神様から、今よりその神号を廃す、と言われた」
と生神金光様のご理解。
(3)「しかしながら力を落とすにはおよばず。神には、これまでのとおりに用いる、と神様が言われるから、力を落とさずに信心せよ。(4)また、信心して徳を積み、神様より徳を受けたる人は、慎みが第一なり。また、常に慎みをしても、往生際に不足の心が出ては、せっかくの受けたる徳を失うものなり。
(5)その往生際の不足とは、他家におる親類の者、兄弟にもせよ、わが子にもせよ、なぜ来んか、来そうなものじゃのう、会いたいもの見たいものと、わが心から呼び寄せるような心になるを不足という。よって、信心して徳を受けたる者は、平素の慎みも肝要なれども、往生際の慎みも、また格別肝要なり。ゆえに、必ずその時に徳を落とさんようにせよ」
と生神金光様のご理解なり。
..和田安兵衛の伝え