はじめて参ったのは実母の平野登美が四十五歳のころ、私が十五歳の時で、旧暦九月二十一日の祭りの日であった。角灯篭が出ており、さとうきびやみかんを売る店が、四、五軒出ていた。十数年にわたる母の血の道を願いに参ったが、私はご裁伝を聞き分けられず、連れて行ってくれた塩飽きよというおばあさんが聞いて話してくれた。(2)きよさんが「長らくの病気でございますが、治るでありましょうか」と伺ったところ、金光様は私に、
「病気が治るのがよいか、治らないのがよいか」
とおっしゃった。(3)何と返事をしてよいかわからずに黙っていると、重ねて、
「治る方がよいのであろう。治してもらいに参って来たのであるから、治るであろうかと思ってはならない。今日からしだいに全快におもむくと思え。しだいしだいによくしてもらい、体が丈夫になってきさえすれば、年はとっても病気は治る。しだいによくなると思って信心せよ」
と仰せられた。また、きよさんが帰りに、「『親のために信心するのは親孝行になる。親に孝行をして信心すればおかげが受けられる』と言われたのですよ」と言って聞かせてくれた。
(4)それから、はじめ一時にずっとよくなったが、一、二か月の後に、また症状が現れ、「よくなったと思っていたのに」と思いながら参ったところ、金光様は、
「つらいつらい、また病気が起きたと思っているであろう。しかし、しだいに取りさばきをいただくのであるから、だんだんと荷が減っていって、軽くなっているのである」
と言われ、しだいによくなった。
(5)しかし、それから半年ほど後、洗濯をしているうちに、突然、鼻血が出始めて、かなだらいに二合も三合も出た。その夜、みんな、母の枕もとに集まっていた。私は、うとうとしているうちに、金光様が来てくださったことを夢に見て驚いた。翌朝また、きよさんに参ってもらったところ、
「また、取りさばきである。長の病で、しだいしだいによくなるのであるから、何も心配をすることはない」
と金光様が言われ、それからしだいによくなった。