此方(金光大神)の子供が病気になり、夫婦ともども、ぜひ助けていただきたいものと一心に願っていた時、神様から、「明日の日の出を楽しめ」とお知らせがあったのに、翌日の日の出時、「死んだ」と仰せられた。(2)間もなく、また子供が患うこととなった。夫婦一心におすがり申したところ、今度は、「十二時におかげを授け、安心させよう」と仰せられた。その時、此方が、「以前のこと、日の出の時に安心さすと仰せられたのに死にました。今度は、ぜひおかげをいただけますか」と念を押した。すると、神様は、「ぜひとも、神がおかげを授けてやる。安心しておれ」と応じられたが、また、その子も死んだ。
(3)それでも、此方は心を動かさずに信心したが、またまた子どもが病気づき、おすがりしたら、「晩の日の入りを楽しめ」とあった。その時、夫婦とも、「先の二人は死にましたが、今度の子供はお助けくださいますか」と神様におたずね申したら、「ぜひ安心さしてやる」と仰せられたけれども、晩の日の入り時に、これまた死んだ。
(4)その子が息が切れて、お届けし、「これまで三人とも、安心さすと仰せられたのに、いずれも死んでしまいました。どのようになるのでございましょうか」とお伺いした。すると、「三人の子すべて寿命の短い子であったので、ここで助けてやっても先で泣かなければならないから、ここで引き取って安心さしてやった。世には、六十一の子にかかるということもあるから、先を楽しんでおれ。寿命のある、よい子を授けてやる」と仰せられた。
(5)此方も、このようなことがあった。亥の年(大喜田喜三郎)も心得て、信心を途中で投げてはならない。