信心はみやすくしなければならない。占見の弟繁右衛門も道を開いているけれども、あのようにむずかしくしては、信心がしにくい。(2)亥の年、信心はみやすくせよ。手を洗ったり口をすすいだりしなければ信心はできないということはない。百姓をしていて、灰や下肥をあつかっている間に事が起こった時、手を洗ったり口をすすいだりしていては間に合わない。そうした時には、すぐそのままご拝をして、お頼み申せばよい。
(3)亥の年、よく考えてみるがよい。鏡の前でかみしもを着たようにすれば、かみしもを着たような姿が映る。ぼろで肥を担いでいるような姿で鏡の前に行けば、そのとおりに映る。信心ははじめが大事である。かみしもを着たような信心をしだしたら、何もかもかみしもを着たようにしなければ、おかげを受けられないようになる。それだから、ぼろで肥を担いでいるような信心をせよ。そうすれば、手を洗い口をすすがなくても、それでおかげは受けられる。
(4)信心は気楽な信心がむずかしくない。此方の教えと占見金神様の教えとは天地の違いがある。占見のような信心は、氏子がしにくい。此方の教えが神様へ近道で、信心しやすい。しかし、此方の氏子の中にも、かたくなにして信心する者もあるが、それでは信心が続かない。