私は安政三年から血の道で、腸満を患い、困って黒住教を信仰した。しかし三年余、ほとんど四年間、寸分のおかげがなかったので、先方から謝絶された。(2)その時、近くに大本社があることに心づき、夫力造が参拝して右の次第をお願い申しあげたところ、金光様が、
「これは血の道がこうじてひどくなっている。もっと早ければ、神も時日を切ることができるけれど、もうこうなっては、時日を切ってどうということもできない。こうした血の道にはサフランがよい。小銭を持っておればよし、なければここにあるから、いくらでも用立ててあげる。鴨方へ回って買い求めて帰ればよい」
と仰せられ、お手ずから十銭くださった。
(3)その後しばらくの間、効果がなく、しだいに腹部がはれて四斗樽大となり、苦しくてたまらなかった。その時、ふと粟がゆをいただきたく感じ、清水で作って食べたら、はじめてサフランがご神言のとおりに効果を現し、便意も催して、七十日間、毎日、昼は三十余度、夜は四十余度、便通のお取り払いをいただいた。七十一日ぶりに、はじめて本体に復するおかげをこうむり、その後、何の障りもなく、しこを踏んでもさしつかえがなかった。(4)そこで、万延元年春のころ夫婦連れで参拝し、御礼申しあげた時、なにぶん貧乏で、尽くす道のないことをお断り申しあげたところ、
「子の代か孫の代にでもできるようになるのを楽しめ」
と仰せられた。