此方(片岡次郎四郎)も慶応年中から月々欠かさず金光様へ月参りをいただいておるが、十二年間というものは、ただの一度もお参りに障りのない日がなかった。
(2)お天気がよいと思えば用事ができる。今度はありがたいことじゃ、都合よう参れるわいと思うておると、お天気が悪うなる。うちの者が病気する。親族や村内に用事が起こる。時には、お参りの途中で自分が病気になったり、難儀に遭うというようなことばかりじゃったが、こんなことがあるのをくり合わしたり、えらい目をして参ると、金光様は、「道が悪うて困ったじゃろう」とも「えらかったなあ」とも、そういうことは一言も言わっしゃらぬ。(3)いつもにこにこしいしい、
「よう参られた。よい修行じゃったなあ」
とか、
「おかげを受けられたなあ」
とおっしゃるだけじゃった。