理3・尋求教語録・166

うちにも巳の年(片岡庄)がいつも難産で、よう心配しておったが、幸之進ができる時、おかげをいただかねばならぬと思うてお参りしたら、金光様が、
「此方の道は喜びの道じゃ。親神じゃによって、何事にもおかげを授けるけれども、特に喜び(出産)とほうそうではしくじらせぬ。
(2)世間では産違えということを言うが、そろばんは目安が違うから算違えになるのじゃ。産も同じことぞ。昔から、産は明き方へ向いてするものじゃなどいうて、方角を目安にして、神様を目安にすることを知らずに目安を違えておるから、産違えをする。(3)これからは産違えをせぬように、神様の方へ向いて親神様のおかげを目安にして産をせい。前々の難産とは違うて、隣知らずの安産をさす。心配するな。
(4)女の身の上、月役、妊娠は、四十九までは身の役じゃ。妊娠に腹帯をするより、信心の帯をせよ。此方が教えるとおりにすれば、隣知らずの安産のおかげを受けられることは、此方が手本じゃ。
(5)産後、もたれ物などするにおよばぬ。心を神に任せて、生まれた子に五香いらず、母の乳をすぐ飲ましてよし。平日のとおり。不浄、毒断ちなし」
と言わっしゃれた。(6)喜んでご信心しておったところが、仰せのとおりじゃ。隣知らずのおかげを受けた。ありがたいものぞ。ご信心しておるがよい。心配はないぞ。

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  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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