理3・内伝・5

ご縁日

ご縁日というお言葉をお用いになり、ご祭日というお言葉はお用いにならなかった。お十日だけはご縁日と言わず、金光様のお祭り日とと申しておられた。(2)伯家神道と称せられたる白川家の神道が本教には入っておる。ある時には白川流の神道のお話がある時もあり、ある時は仏教流のお言葉がある時もある。お祭り日をご縁日と申されたり、あるいは線香もたかれておるので、ある日、私参りたる時、他に参詣者のなきとき、「金光様、あなたの教えなさる道は唯一神道でありますか、両部神道でありますか」と伺い奉った。(3)金光様は、
「そうじゃのう」
と仰せられ、御領辰の年の氏子(佐藤範雄)参詣の旨お届けあり、
「御領辰の年の氏子、此方は唯一神道も両部神道も知らぬ。ただ、天地の道理を説いて聞かせておる」
とのご裁伝あり、いたく感じた。(4)ご祈念すみて、ご理解となり、
「此方は何も知らないでも、神様はあのように教えてくださる」
と仰せられた。このご裁伝の時、身がぶるぶる奮い立ち、言語に尽くせぬ森厳なものであった。ご理解の時はまことにお静やかで、打てど波も立たぬ御有様であった。
(5)このご神慮は、御理解(「金光教祖御理解」)七十節、
「人間は万物の霊長であるから、万物を見て道理に合う信心をせねばならぬ」
となって伝わっておる。(6)このご裁伝、ご理解を拝するまでは、不徳にして、お道の本体についてもいろいろ疑うところがあった。どこを本体として向かったらよいかと。ところが、これとともにいっさい万事晴れてしまって、さっと心中が晴れてしまった。うれしいともありがたいとも申しようがなかった。(7)青年として、疑いの晴れた時ほどうれしいものはない。その時の感じ、この道は、まったく世に伝えのなき天下無類の神の伝えをお開きなさる神聖なる道であるという気がした。それ以来は寸分も迷いが起こらぬようになり、一段階、神の方へと進ませていただいた。
(8)教祖は、お伺いしても、すぐさまお答えにならぬ。何でもないことは別であったが、お道のことについての疑いは大神様にお届けになり、ご裁伝にてみ教えあり。それがご裁伝として下がった時は、教祖ご自身もお喜びになり、その御有様いかにもお喜びであった。いかにも、これは鮮明なお話であった。(9)ご裁伝の方はいつでも簡単明瞭。ご理解の方は、しぜん、長くなった。(10)ご裁伝は、神前に向かわれご祈念のまま、ご理解は、お机に退かれ横向きにて、氏子に説き聞かせらるるを言う。

  1. 理3・内伝・13

  2. 理3・内伝・12

  3. 理3・内伝・11

  4. 理3・内伝・10

  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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