その後、明治十六年旧九月に、信者をひき連れてお参りさしていただきました。ところが、金光様は三日前にお葬式なされたと申します。(2)親神様はいつがいつまでも死になさりはせぬものとのみ思いしゆえ、その時のことは、何とも筆紙には尽しようなく、どうも残念なり。毎月、月参りをさしていただいておるのに、その前二か月お参りしなかった。先年、金光様がご理解くだされたことを思い出して、この二か月のそのお参りを欠かせしは、いかなることであったかと、今に私は残念で、心に思わぬ日はありませぬ。(3)金光様が、
「親には何でもたずねとかぬとのう、親はいつまでもあるものでないわい」
と申されたことが今に思い出されて、なぜ万事たずねておかなんだであろうかと、実に残念に存じています。
..石原銀造の伝え