理1・斎藤宗次郎・11

金光様ご理解に、
「百姓をしていた時、綿の作り立て、綿に肥をせずに作り。色は雨でれで、木は小出来な綿ができ。また、子供らが『うちの綿はふうが悪いから、肥をせい』と言うてまぜる(あれこれ言う)から。『そんなら、半分肥をせい。半分はおかげで作りてみい』と申した。
(2)そしたら後には、肥をした分はまことに色のよい、腰きり(腰の高さ)の綿ができた。半分は、雨でれな、こまい木ができた。まことにこざかしい(小さく形の整った)ふき(綿の繊維)ができた。ふく段には、肥をした分はころころ(繊維ができない実)がふくなり。虫口あり。
(3)おかげ作りの綿が、いかい(多く)ふいた。虫口の綿なし。まことに白いよい綿がふいて、肥したのより、おかげ作りの綿がいかいふいたから、午の年もそのとおりをしておかげを受けなされ。米によらず綿によらず、おかげで作りたのは、先で俵に入れるときに違うなり」
とあり。

  1. 理3・内伝・13

  2. 理3・内伝・12

  3. 理3・内伝・11

  4. 理3・内伝・10

  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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