明治十四年秋、当時九歳、祖父長八に連れられ、居村より小舟にて備中倉敷の吉岡に上陸、徒歩にて玉島にいで、それより人力車にて大本社へ参拝し、親しく教祖を拝す。お顔色美しく、ご肥満にして、神々しくおぼゆ。(2)その時、
「遠方から参れば入費もかかる。たびたび参るにおよばぬ。一心の真をもって願えば、どこでもおかげはいただかれる」
と仰せられましたことをよく記憶せり。その他、草ぶきのお家であり、また、そばに大工小屋のありしことは、かすかに覚えております。
..島村八太郎の伝え
明治十四年秋、当時九歳、祖父長八に連れられ、居村より小舟にて備中倉敷の吉岡に上陸、徒歩にて玉島にいで、それより人力車にて大本社へ参拝し、親しく教祖を拝す。お顔色美しく、ご肥満にして、神々しくおぼゆ。(2)その時、
「遠方から参れば入費もかかる。たびたび参るにおよばぬ。一心の真をもって願えば、どこでもおかげはいただかれる」
と仰せられましたことをよく記憶せり。その他、草ぶきのお家であり、また、そばに大工小屋のありしことは、かすかに覚えております。
..島村八太郎の伝え