なおまた、参拝の節に、
「氏子、ほれるということは、じゃらじゃらしたことのようなが、これは実に結構なることであるぞ。ほれたとなると、ほれた人のためには、たとえ自分の命が果てるとも、火の中、水の中でもいとわぬと思うものであるが、たとえほれても、人の女房にはほれるな。(2)大工、左官、職人ならば、親方にほれよ。親方にほれたら、何でも親方の言うことをよく聞き、横着気のなきものなり。そうすると、親方もこれを見て、この弟子は実に横着気のなきやつ、何でもよく言うことを聞くやつじゃ、かわいいやつであると思う。そして、ほめながらかわいがり、何でもこれには早くしこんで教えてやりたいと思い、つい、うまい物でもあれば、やる気になるものなり。
(3)また、神様にも信心して、ほれこめ。実の一心に思いこんでみよ。何事も、おかげは思いこみ一心からかなうものなり」
と仰せられ候ことあり。