明治九年二月九日、旧正月十五日、卯の年の男(山本定次郎)はじめて参拝仕り。続いて参詣仕り、み教えを承り、日増しに信心進み。たびたび参詣すると認められ、
「たびたび参るのはよろしいが、親に安心を与えておき、信心せねばならん。何日に参拝せんと思えば、仕事をくり合わせて都合をつけて、親に弁当の世話をさせんがよろしい」
とみ教えを受け、それより、弁当を持たんことにして参るようにいたしました。
(2)明治十一年に至り、稲木の氏子と言うてもらうようになり、「金光様、私方には、父親がはじめて元治元年に参詣仕り、母親の病気につきお願いいたした時、私方の建物、道、方角のこと、少しも違わぬことをお伝えくだされた事柄を子供ながらに聞いております。恐れ入った次第でござりますが、五里へだてて、よく知れますことでござります。いかがのお願いでも遠方のことがわかりますか」とお伺い申しあげたるに、
(3)「天地の神様は、世界中、天地一般に見て、お守りくださるのであるから、合わせ鏡の間に住んでおるようなものじゃ。目をつぶってお願いしておると、願う氏子の宅地建物が見えるように思う。そのままを伝えれば、少しも違わぬことを言われたと言う人がある。肉眼をおいて、心眼を開きて見なさい。(4)お前も人間、私も人間。同じ天地の神から同じ御霊をいただきておる万物の霊長であるから、信心してご神徳を受けよ。此方へ参って来んでも、稲木の天地も違いはせん。自分に頼んでおかげを受けねば間に合わん。(5)まめな時に参りておかげを受けておき、病苦災難のある時は、山、野、海、川、道、どこでも、天地の神様、金光様頼む、と願え。直におかげを受けねば間に合わん。遠方と思うのは、ただ、この広前ばかりである。天地金乃神様は、けっして遠きも近きもない。
(6)人間は小天地で、自分の頭をいつも天地の神様がお守りくだされてあるゆえに、自分の体を思うように使われるのである。信心も仕事も同じことで、信心に進めば神徳もおかげも一日まさりである。(7)この裏(反対)で、心が横着になり慢心すれば、おかげも少し落ちる。たとえば一反歩の田をひく(耕す)人も、心が緩めば七畝で日が暮れる。話をすれば、きりはない。万事を心がけて、何事にも信心をしなさい」