病人に品物を与える親切だけが見舞いではない。見舞いの言いようで、気分が強くもなり弱くもなる。せっかく見舞いに行く親切があるなら、病人の心が丈夫になる見舞いを言うてやると、病人の心が広く大きくなる。この時より、神様のおかげをすぐにいただくことができる。(2)此方の話したことを、病人、また家族に話しておくと、常に悪いことを思わず、安心して全快することばかり楽しむ。ただ一時でも早くようなれば、何のそれがしが見舞いに来てくだされた時より、急によろしくなりたと思うて喜ぶ。(3)見舞いに行き、病人を見て涙を流し、さぞさぞと病人をなでさすりして、病人の心を苦しめるようなことなく、病人のためになり家のためになるように親切するがよろしい。
(4)人によると、病人の顔色を見て嘆き、また、やせたのを見て嘆く。家族へは地方の悪いことを集めて話す。その時には悪いことが満ちて、神様のおかげを入れる所もないようになる。そのような心配をさしては、見舞いに行きて見舞いにならん。(5)病人の心が大丈夫になるように話をいたし、また病家の者には、心配辛苦をさせんように話し、なるたけの手伝いをせよ。また、貧しい人には金や穀物を贈るなど、助ける道はいろいろある。何事にも心にかけて信心しなさい。
(6)何神様を信じておる人も、仏様を信じておる人も、この天地金乃神様のおかげを受けておるのを知らずにおるのである。わが親神様を拝んで、その次にほかの信心をするのが、真の信心であろうではないか。