理1・山本定次郎・38

生まれたる者は死ぬるということあり、死ぬるにもいろいろがあり。百姓の人は、稲麦にたとえて話せばわかる。春、もみを苗代にまき、五十日前後に本田に植えつけ耕作しても、稲は白穂シラホ、麦は黒穂クロホになることあり。それを見て、子供が成長し、縁づき、その本人に子供のできぬうちに死去したのは、白穂黒穂のごとしとあきらめるほかなし。
(2)また、早稲、中手、晩稲と種々の種類に分けてあるが、人間の上にも短命長命の別あり、途中死にという難儀のこともある。その時、子供、後におれば、相続する人あるゆえに早稲のごとし。短命と悟りを開き、あきらめるのほかなし。万事よろしきおくり合わせをこうむるよう大神様に頼み、先を楽しむ信心をせよ。
(3)山の中なれば、木にたとえて話せばよくわかる。あの山の木は何十年、この山の木は三十年四十年五十年生えておるというても、同様の木はない。大小いろいろある。人間も木のごとく、同じ三十、四十の人でも、同様の財産を持ちておる者ばかりはない。万事、信心しておかげをこうむり、木のごとく、きれいな気持ちで人に尊ばれるような信心をするのがよろしい。山の木の直いのも、人間の気の直いのも、人がみな、ほめて望むわい。

  1. 理3・内伝・13

  2. 理3・内伝・12

  3. 理3・内伝・11

  4. 理3・内伝・10

  5. 理3・内伝・9

  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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