みな、金神様へ参ると言うて参拝ができるが、此方の広前はただ金神様だけではない。天地金乃神を拝んで、参る氏子の願いをしておるのである。
(2)人間その他の万物は、天地間の空気を吸うて、みな生きておる。百姓の人は、お土地へ万物を植えつけ、耕作する。そのうえは、天地任せである。
(3)「天地金乃神と氏子の間柄のことを、金光大神、参って来る氏子に話して聞かせよ」とお伝えくだされたので、このように話をしておるのである。金光大神の話す教えを聞かずに、方位方角を用いてゆこうとして困る人がたくさんあるようなが、金神の留守をねらうことをやめて、一心に頼むと心を改めて、実意な真心をもって安心に世渡りをする人が、気楽でよろしいではないか。
縁談縁組み、親類内でいたせばよろしいと思うても、方角が悪いとあるゆえに、よそをたずね見合わせてもらう人がたくさんあるが、なにほど方角を改め、暦の中段下段(日柄の吉凶の欄)を見て吉日を選び、やり取りしておりても、世間には病苦災難にかかりて困る人もたくさんある。
(5)この広前に参って金光大神の話を聞き、天地金乃神様を一心に頼み信心する人は、親類の内でよろしい縁組みを調え、方角は言わずに神様任せの信心して、安心に働く人もたくさんあるようになった。(6)人間がなにほどよろしい吉日と定めておりても、大雨大雪が降って運びに困ることも数多いことである。万事、神様を頼み、安心におかげをこうむれば、ありがたいことではないか。