明治十一年からお取次を始めて、信者は日増しに参集するようになった。そのころ、栗原村氏神社の神主が来て、拝ませないと言って、さい銭、初穂を持ち帰ったり、また、山伏が来てお供え物を持ち帰り、無資格の者は神を拝んではならないと戒めた。(2)そのことを金光様に申しあげたところ、
「持って帰る物はやってしまえ。拝むなと言えば拝むな。拝まずに、機を織りながらでも着物を縫いながらでも、教えをしてやれ。教えてやれば人は助かる。何事も時を待っておれ」
と仰せられ、そのとおりにしておかげを受けた。
明治十一年からお取次を始めて、信者は日増しに参集するようになった。そのころ、栗原村氏神社の神主が来て、拝ませないと言って、さい銭、初穂を持ち帰ったり、また、山伏が来てお供え物を持ち帰り、無資格の者は神を拝んではならないと戒めた。(2)そのことを金光様に申しあげたところ、
「持って帰る物はやってしまえ。拝むなと言えば拝むな。拝まずに、機を織りながらでも着物を縫いながらでも、教えをしてやれ。教えてやれば人は助かる。何事も時を待っておれ」
と仰せられ、そのとおりにしておかげを受けた。