あがき貧乏ということがある。氏子は十銭もうけるのに二十銭も使うことがある。病気になると、銭もうけはできないのに、ご祈祷、まじないに行き、お札やお守りをたくさん買って来る。金持ちは、ご祈祷料やお札料を納めても、まだ後に金があるが、貧乏人で、毎日稼がなければ食べられない者は、参詣すると後に食べる金はない。気の毒なものである。
(2)神様は、だれにでもおかげをくださるのであるが、拝む者が分けへだてをして、金が先で真は後になる。それでは、拝む者のおかげではないか。
あがき貧乏ということがある。氏子は十銭もうけるのに二十銭も使うことがある。病気になると、銭もうけはできないのに、ご祈祷、まじないに行き、お札やお守りをたくさん買って来る。金持ちは、ご祈祷料やお札料を納めても、まだ後に金があるが、貧乏人で、毎日稼がなければ食べられない者は、参詣すると後に食べる金はない。気の毒なものである。
(2)神様は、だれにでもおかげをくださるのであるが、拝む者が分けへだてをして、金が先で真は後になる。それでは、拝む者のおかげではないか。