明治十五年、佐伯文治郎に神がかりがあって、「ふんどし一つで修行する」と言い、屋根の上をはだしで歩いたりした。家主が不足を言うと、「神が歩くのに瓦が割れるか。よく見てものを言え」と言う始末であった。
(2)眼病の者が参って来たら、紙でその者の顔を三度ぬぐい、その紙はねずみ色になったが、目はそのまま晴眼となった。また、泥水の井戸に神鏡を投じ、それを拾いあげれば水は清水となるというようなことであった。(3)時には素裸で屋根を走り回るので、人々は狂気のように思っていたが、ついに違警罪に問われてしまった。どこで教えてもらったかとの詮索で、私も引かれ、拘留十日の刑に処せられた。
(4)拘留が解かれて金光様のもとに参り、佐伯文治郎がこうこうですと申しあげたら、
「あれは神であった。天地金乃神の大きさから思えば、人は灰の分子より小さいものである。神が人にお下がりになれば、だれでも気が違ったようになる。神様のお徳に人間の体が耐えられないから、一度は発狂する。かたわらから静かに見てやっていれば、神様のお徳が出る」
と仰せられた。