明治十五、六年ごろ、信者三十名を連れて参り、宿の古川に入るや否や、多幾円七がしきりに帰宅を急ぎ、人をも誘いこもうとしたので叱りつけ、お広前にお参りしたところ、ご裁伝で、
「氏子、神に供えた銭はただ取りはしない。昔から一粒万倍というであろう。大地に米一粒をまいてみよ、一合になるであろう。神に供えた物を、めったにただ取りはしない。一粒万倍にして返してやる」
と仰せられた。
明治十五、六年ごろ、信者三十名を連れて参り、宿の古川に入るや否や、多幾円七がしきりに帰宅を急ぎ、人をも誘いこもうとしたので叱りつけ、お広前にお参りしたところ、ご裁伝で、
「氏子、神に供えた銭はただ取りはしない。昔から一粒万倍というであろう。大地に米一粒をまいてみよ、一合になるであろう。神に供えた物を、めったにただ取りはしない。一粒万倍にして返してやる」
と仰せられた。