私は、明治十六年三月十八日、二十歳で斎藤精一に嫁した。そのお礼参拝に、翌月一日、姑津志に連れられ、先代(斎藤重右衛門)様のめいで当時十五歳の千代野と三人連れで、はじめて金光様のみもとに参った。金光様は、姑の顔を見て、
「笠岡の寅の年、よく参って来た」
と仰せられた。(2)姑が「この度、井原から、ここにいる嫁をもらいました」とお届けすると、
「寅の年も、ない寿命をついでもらってから二十年になるが、よく家の切り盛りをした。女は家の家老である。女がよくないと家はもたない。家老の跡継ぎができて、寅の年も安心であるなあ」
とたいへん喜ばれた。(3)帰りに小坂の辺から雨に遭い、裾をからげてずぶぬれになって、今立から馬飼越えをして帰った。その時、草履を二足破った。帰るや否や、先代金光(斎藤重右衛門)様から、「車もあるのに、ふうが悪い。雨の中をよくも嫁を連れて歩いたことである」と姑が叱られ、嫁に来た早々であったし、自分が叱られたように怖かった。
..坂根利三郎の伝え