明治十二年のコレラ大流行の年のことであった。この近傍の人が金光様のみもとに参って、「金光様、大阪や岡山辺からは、みな、おかげをいただいたと言って、たくさん参拝して来ますが、少しは、この辺の者をも助けておやりなさってはいかがですか」と、暗に金光様をそしった。(2)その時、
「私は、もとが肥かたぎで、この辺の人とは一緒に汗を絞ったこともあります。それを遠方の人は知らずに、みな、生神様と言って慕って来ます。(3)私の力にかなうことなら、言われるまでもなく、みな助けてあげたいのはやまやまであるが、おかげをいただく信心は向こうの心にあるのだから」
と実に穏やかなお言葉で答えられた。