兄の財三郎サイサブロウが養子に行った小林の家は日蓮宗であった。兄は日蓮宗の方にも相当信心をしていた。お題目を唱えると堂々としていた。養母の遺骨を携えて、九州の清正公様(発星山本妙寺)に千が寺姿(巡礼姿)で下ったこともあった。
(2)明治十一年、兄は病気をしたが、十日目に全快したので、兄を伴ってお参りした。その時、金光様は、
「今日は兄が弟で、弟が兄になって参ったなあ。これからは、兄は兄、弟は弟になって信心せよ。神様をお頼み申して、めぐりということを放れさえすればよい」
と教えてくださった。