明治十六年春ごろのこと、難波栄造という村役場の会計係をも勤めた人が肺病にかかったので、私が代参して金光様に向かって、「その人は牛や鶏を食べておられますので、私はよくないと思いますけれども、利口な人ですから、申しましてもやめられません」と申しあげたところ、
「それは釈迦に説法であるから、おかげを受けることができない」
と仰せられた。(2)私が「信心する者は牛や鶏を食べない方がよろしいでしょうか」とおたずねしたところ、
「開けた開けたといって、開けたものはよいようにいうが、水で開けた、火で開けたといえば、こわれたということである。開けないのが値打ちである。(3)生きた物の命を取ってわが身が助かるというのは無理である。生きた物の命を助けてわが身の命が延びるというのが、この道である」
と仰せられた。