明治四年は私の四十一歳前厄に当たるので御本社オンモトヤシロに参拝し、心にかかる不安を申しあげたところ、金光様は、
「天地の神様は氏子の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に遭わせなさるであろうか。わが子をもって合点するがよい。常平生、神様に取りすがっていれば、神様と心安くならせてもらっているも同然である。無理も聞いていただける。大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払いくださる」
と仰せられた。(2)そこで、どの信心にも行があるが、どのような行をしたら神様のみ心にそわしていただけるかということをお伺い申しあげると、
「世間には、水の行、火の行などがあり、いろいろの物断ちをする人もあるが、此方にはそのような行はしなくてもよい。巡礼のように白い着物を着て所々方々巡り歩く暇に、毎日の家業を信心の行と心得て勤め、おかげを受けるがよい。(3)世のため人のため、わが身の上を思って、家業をありがたく勤めることができれば、それがおかげである。それが神様のみ心にかなうのである」
とみ教えくださった。