明治十六年の旧正月、儀助ほか数人の信者を伴い、御本社オンモトヤシロに参拝した。難波の広前(近藤藤守の広前)もすでに筋道が立ち、公に布教の道が開けたことのお礼を申しあげ、みずからの広前のことについて願い、お取次を仰いだ時、
「時節を待って、おいおいにおかげを受けるがよい。取次をする者は、神の前立ち、氏子の守り役である。ただただ人が助かり、立ち行くことを願うばかりである。日々その心で勤めるのである」
とお諭しくださった。
明治十六年の旧正月、儀助ほか数人の信者を伴い、御本社オンモトヤシロに参拝した。難波の広前(近藤藤守の広前)もすでに筋道が立ち、公に布教の道が開けたことのお礼を申しあげ、みずからの広前のことについて願い、お取次を仰いだ時、
「時節を待って、おいおいにおかげを受けるがよい。取次をする者は、神の前立ち、氏子の守り役である。ただただ人が助かり、立ち行くことを願うばかりである。日々その心で勤めるのである」
とお諭しくださった。