明治十二年十月十五日に参ったら、金光様が、
「氏子のうちには、亭主の病気が神様のおかげで助かったと思っていない者がある。寿命があったから助かったと思っている者がある」
と仰せられた。(2)実は、十月十二日の晩、妙見様の祭りで、そば切りを打ちながら、母が谷下のおばに、「禎治郎テイジロウが治ったのはおかげであったと言うが、、寿命があったから治ったのです」と言い、おばも「そうに違いない」と話し合っていた。(3)金光様はそれを聞いておられたかのようにお諭しになり、さらに、
「氏子の家には、棺おけに足を突っこんでから出たものでないと、おかげとは思わない者がいるが、今度のは、いよいよ寿命限りであったのが、氏子の一心で助かったのであるぞ」
と仰せになった。