一つ、日月金神様のご恩光と申すは、いっさい衆生の生まるるより、五穀をはじめ、物のできるも、死して葬らるるにいたりても、悉皆、金神様の御地にして日々夜々おかげをこうむらざるはなけれども、日本国中に日月金神様の御社あることを、いまだ聞かず。(2)金神様は、地をば諸神に貸してあるとのたまいしなり。
(3)この尊き御神様を、たまたま信仰するようの人ありとも、隅の方に言いわけほどのお棚をなして、どうぞ、お叱り、おとがめのなきようにとばかりにて、おかげをこうむろうという心はなく、ただ恐れ恐れ、逃げ逃げご拝するのみ。なんぞ、これを真の信心と言わんや。氏神として、氏子を憎みたまわんや。(4)とくと勘弁し、これまで、ありて過ぎたることは是非もなし。過ち改むるに、はばかることなかれ。きっと心を取り直して信心し、そのあらたかなることを知るべし。