明治十一寅年五月十日礼参のみぎり、
「片岡次郎四郎子の生、神が頼りに思い、金光と位をつけ。(2)若葉の出世なる諸勤めに、名代に立てるようになれ。神と許し。その間には此方も世もかわり、二十五年にもなり。子の年(片岡次郎四郎)巳の年(片岡庄)夫婦、辛抱してくれ。氏子が用いてくれねば神も立たぬ。金光大神、五月十日に子の生に申したこと、覚つけおけ」
と仰せつけらる。
(3)「おいおい、内輪の相談にて名字につけるがよし。金光とは金光る。いなずま光、光れば明かろうが。世に暗の闇では見えまいが。明い方へはだれでも見ようが。諸事、先を楽しみ」
子の年へご理解なされ。
(4)「今は正面覚つけおけ。お上へ対し正面とは申さぬ。神と氏子とのこと。これは神になること」