母(片岡里津)が亡うなる時、金光様へ月参りのほかに参った。その時、
「人間にはそれぞれ、年回り、厄難というて、前々の約束で、神信心をしておるからというても、逃れように逃れられぬことがあるぞ。この度は、子の年(里津)においても、どうぞ苦痛のございませぬようにと言うて願いをかけい。(2)金光子の生ネノショウ(片岡次郎四郎)巳の生ミノショウ(片岡庄)夫婦においても、かねて神一心のうえから身に徳を受けておることじゃから、たとえ棺を座敷にすえるようなことがあるというても、参詣の氏子に迷惑をかけな。(3)天地金乃神においては、喪中じゃというても、氏子から先へお断りさえすれば、神の前はよけるにはおよばぬぞ。埋葬の穴でも金乃神の土地じゃによって、三尺四面は願いをかけて掘れい」
と金光様が言うてくだされた。(4)逃れように逃れられぬ難というと、出来物のようなもので、身の内に毒があるのが吹き出るのじゃ。もし身の内にこもっておるとわざ(害)をするが、出ておる時は痛くてつらいようでも、出てしまうと毒が抜けるから、身の内がきれいになる。(5)信心しておると、ご無礼お粗末が少のうなるから、身の内の毒が少のうなる。これがありがたいのぞ。