「天地金乃神様といえば親神じゃによって、壁を当てに拝んでも柱を当てに拝んでも、わが心に真さえあればおかげは十分受けられる。神は一体じゃによって、此方の神じゃからというても別に違うてはおらぬ。
(2)それでも、あそこの金光様ではおかげを受けたけれども、ここの金光様ではおかげが受けられぬということのあるのは、ひっきょう、神の守りをする者の神徳の厚い薄いによって、神のひれいが違うのじゃ。(3)神の守りをしておれば、朝寝をしてはならぬぞ。早く起きるのと遅く起きるのとは、氏子の参詣の早い遅いにかかわるぞ」
と金光様は言うてござったから、みな自分の身に徳を受けねばならぬぞ。