此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みんなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。

理3・金光教祖御理解・18

この方の神様、実は「神様」と呼ばれるのは、この方だけではありません。

私たち一人ひとりの周りにも、様々な形で「神様」が存在するのではないでしょうか。

音楽で心を揺さぶられる時、その音楽を生み出したアーティストは、まるで「神様」のように感じませんか?

好きなYouTuberの動画で、元気をもらえる時、そのYouTuberは、私たちにとって「神様」のような存在と言えるかもしれません。

大切な家族や友人、尊敬する先生、そして、日々の生活の中で支えてくれる人々。

これらの存在は、私たちにとって「神様」のような特別な意味を持つのではないでしょうか。

この方の神様は、私たちが「神様」になれる場所かもしれません。

ここに参拝することで、自分の中に眠る「神様」と繋がる機会を得られるのではないでしょうか。

そして、その「神様」の力を借りて、より輝かしい未来を歩んでいけるかもしれません。

ぜひ、この方に訪れて、自分の中に眠る「神様」と出会ってみてください。

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  1. 世に、三宝様踏むな、三宝様踏むと目がつぶれるというが、三宝様は実るほどかがむ。人間は、身代ができたり、先生と言われるようになると、頭をさげることを忘れる。神信心して身に徳がつくほど、かがんて通れ。とかく、出るくぎは打たれる。よく、頭を打つというが、天で頭を打つのが一番恐ろしい。天は高いから頭を打つことはあるまいと思おうけれど、大声で叱ったり手を振りあげたりすることはないが、油断をすな。慢心が出ると、おかげを取りはずすぞ。

  2. 人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出てきておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずに駆けっていぬる。

  3. 天地金乃神といえば、天地一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さねばおかげは受けられぬ。ままよとは死んでもままよのことぞ。

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  1. 今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。

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  1. ご伝記 金光大神(昭和28年刊行版)

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