ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第1章:プロローグ – 過去の残響(2016年10月のある夜、物語開始時点)
静寂を切り裂くように、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。秋の深まりとともに、冷え込みが厳しさを増してきた2016年10月のある夜のことだった。画面には、「ことほぐ心の集い」というLINEグループ名が表示されている。かつて、京都R大学の学生だった私たち6人衆が、宗教や哲学、社会問題について熱く語り合った、あの頃の記憶が蘇る。
グループ名の下には、コマキからのメッセージ。「今日のランチ、パスタにしたよー。美味しかった!」という、他愛もない日常の一コマが綴られている。私は、指先で画面をスクロールしながら、どこか虚しさを感じていた。結婚、出産、仕事の愚痴、週末の予定…。表面上は活発なやり取りが続いているように見えるが、そこに、かつての魂が震えるような議論は、もう存在しない。
「ことほぐ」とは、言祝ぐ、寿ぐと書き、言葉で祝福する、喜びや感謝を伝えるという意味を持つ。私たちは、20世紀末、若さと情熱を持て余し、それぞれの信仰や思想をぶつけ合い、夜な夜な語り明かした。その日々を懐かしみ、このグループ名をつけたはずだった。しかし、今の私たちに、「ことほぐ」べきものはあるのだろうか。
コマキの投稿に、トココが猫のスタンプで応じる。ノブは「お疲れ様です」と定型文のようなメッセージを送ってくる。アユムは、保育園の運動会の写真をアップしている。私はといえば、スマホの画面をぼんやりと眺めているだけだ。脱サラして自由な生活を送っているとはいえ、心の中には常に何かが引っかかっている。それは、まるで古い傷跡のように、時折、鈍い痛みを伴って私を過去へと引き戻す。
あの頃、私たちは若く、無限の可能性を信じていた。1999年頃、京都R大学のキャンパスは、私たちの情熱を燃やす格好の舞台だった。古いレンガ造りの校舎、緑豊かな並木道、そして、鴨川のせせらぎ…。その全てが、私たちの青春を彩っていた。
私たちは、それぞれの信仰や思想を持ち寄り、学内メールで、あるいは実際に顔を合わせて、熱い議論を交わしていた。キリスト教、仏教、新興宗教、無宗教…。それぞれの立場から、真理とは何か、幸福とは何か、生きる意味とは何かを、真剣に問い続けた。時には意見が衝突し、激しい言葉が飛び交うこともあった。しかし、それでも私たちは繋がっていた。若さゆえの情熱と、互いへの尊敬と、そして何よりも、何かを「ことほぐ」ことへの、共通の思いがあったからだ。
だが、皮肉なことに、今となっては、その「何か」が何だったのか、はっきりと分からない。それは、まるで霧の中に消えてしまった蜃気楼のように、掴もうとすると、するりと指の間から逃げていく。記憶の中の私たちは、確かに何かを信じ、何かを求め、何かを語り合っていた。しかし、その「何か」は、日々の忙しさの中で、少しずつ形を変え、色褪せ、ついには、その輪郭すら曖昧になってしまった。
そして、もう一つ、私を過去へと引き戻す、大きな出来事があった。それは、1年前、このLINEグループで起こった、「生と死の交錯」だ。それは、まるで嵐のような、しかし、どこか神聖な時間だった。コマキの妊娠、そして、ヒデの…。その出来事は、私たちの関係性を、大きく揺さぶった。そして、その揺さぶりは、今もなお、私の心の中に、深い爪痕を残している。
私は、スマホの画面を閉じ、深く息を吸い込んだ。冷たい空気が、肺を満たす。窓の外では、木枯らしが吹き荒れている。その音は、まるで、過去の亡霊たちの囁き声のようだ。彼らは、私に、何かを伝えようとしている。
「思い出せ」と、彼らは言う。「あの頃の情熱を、あの頃の誓いを、そして、あの頃の…」
私は、目をつぶり、記憶の糸を手繰り寄せた。1999年、京都R大学。私たちは、そこで出会い、そこで語り合い、そこで生きていた。そして、そこで、私たちは、確かに何かを「ことほぐ」していたのだ。
その「何か」を、もう一度、見つけ出すために。そして、あの「生と死の交錯」の真実を知るために。私は、過去への旅を始める決意をした。それは、長く、苦しい旅になるかもしれない。しかし、私は、そこから逃げることはできない。なぜなら、それが、今の私を形作る、最も重要な要素だからだ。
私は、再びスマホを手に取り、LINEの画面を開いた。グループトークは、相変わらず、他愛のない話題で流れていく。しかし、その中に、私は、かすかな希望を見出した。それは、まるで、暗闇の中に灯る、小さな光のようだ。
その光を頼りに、私は、過去の闇へと足を踏み入れる。その先に、何が待っているのか、私には分からない。しかし、私は、進むしかない。それが、私に課せられた、運命なのだから。
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第2章:登場人物紹介 – 個性の肖像
1. ヒデ – 隠された陰影
ヒデのことを思い出す時、まず最初に脳裏に浮かぶのは、あの長髪と、明るい茶色に染められた髪だ。20世紀末の京都R大学のキャンパスでは、ひときわ異彩を放つ存在だった。誰にでも気さくに話しかける、まるで太陽のような明るさ。しかし、その笑顔の裏には、どこか物静かで、内省的な雰囲気が漂っていた。まるで、光と影が複雑に絡み合った、モザイク画のような男だった。
彼は、人の頼みを断れない性格だった。いや、断れないというよりも、むしろ、積極的に引き受けるタイプだった。しかし、その行動原理は、単純な「お人好し」という言葉では説明できない、独特のものだった。
例えば、友人の引っ越しを手伝う際、彼は、別の友人を「ちょっと飲みに行こう」などと巧みに誘い出し、引っ越し現場まで連れて行く。そして、「せっかく来たんだから、手伝ってくれよ」と、半ば強制的に全員を巻き込んでしまうのだ。誰もが「今更引き返せない」状況に追い込まれ、結果的に引っ越しはスムーズに進む。ヒデは、そんな状況を、まるでゲームのシナリオライターのように、楽しんでいるようにも見えた。
私とヒデ、そしてアユムは、3回生からR大学に編入してきた。同じ境遇ということもあり、すぐに打ち解けた。ヒデは文学部の史学科に所属していたが、専攻は日本史だった。ノブも同じ日本史専攻で、よく一緒に図書館で勉強していたのを覚えている。
ヒデは、授業が終わると、よく私たちを誘って、鴨川沿いを散歩した。彼は、鴨川のせせらぎを聞きながら、歴史上の人物について熱く語った。平清盛、織田信長、坂本龍馬…。彼の語る歴史は、教科書に書かれているような無味乾燥なものではなく、まるで、彼自身がその時代を生きてきたかのような、臨場感に溢れていた。
「歴史ってのは、面白いんだぜ。だって、人間の欲望や、愛憎や、希望や、絶望が、全部詰まってるんだからな。」
ヒデは、そう言って、タバコに火をつけた。紫煙が、夕暮れの空に溶けていく。その横顔は、どこか寂しげだった。
卒業後、ヒデは実家のある京都府京丹後市に戻り、自動車教習所の教官になったと聞いた。学生時代の派手な外見からは想像もつかないほど、地味な生活を送っているらしい。都会の喧騒から離れ、静かな環境で暮らすことを選んだのだろうか。それとも、何か別の理由があったのだろうか。
ヒデは、特定の宗教には帰属していなかった。しかし、他者の信仰に対しては、常に敬意を払っていた。私たちの宗教談義にも、興味深そうに耳を傾けていた。彼は、それぞれの信仰が持つ価値観を尊重し、理解しようと努めていたように思う。
ある時、私はヒデに、こう尋ねたことがある。
「ヒデは、神様って信じるか?」
ヒデは、少し考えた後、こう答えた。
「信じるか、信じないか、ってのは、あんまり重要じゃないと思うんだ。それよりも、大切なのは、自分が何を信じるか、ってことじゃないかな。」
ヒデの言葉は、私の心に深く響いた。彼は、常に、自分自身の内面と向き合い、自分自身の答えを探し求めていたのだ。
ヒデは、私たちにとって、特別な存在だった。彼は、太陽のように明るく、周りの人々を照らす存在だった。しかし、同時に、彼は、深い闇を抱えていた。その闇は、彼の魅力の一部であり、同時に、彼の弱さでもあった。
そして、その闇は、彼の突然の失踪と、その後の悲劇へと繋がっていくことになる。
2. コマキ – 信仰と母性の狭間
コマキは、T教団の広報活動に熱心に取り組む、清楚な雰囲気の女性だった。いつも穏やかな笑顔を浮かべ、誰に対しても優しく接していた。彼女の周りには、自然と人が集まってきた。まるで、春の陽だまりのような、温かいオーラを放っていた。
R大学文学部の哲学科に属していたコマキは、宗教系のサークルに所属し、学内でも積極的にT教団の広報紙を配布していた。彼女の熱心な活動は、教団内でも高く評価されていた。
コマキは、よく私たちをT教団の研鑽会に誘ってきた。私は、彼女の信仰心に圧倒されつつも、どこか惹かれるものを感じていた。彼女の言葉には、不思議な説得力があった。それは、単なる知識や理論ではなく、彼女自身の経験と確信に基づいたものだったからだろう。
ある日、コマキは、私に、こう言った。
「人間は、誰でも、幸せになるために生まれてきたんだよ。T教団の教えは、その幸せへの道しるべなの。」
コマキの言葉は、私の心に深く響いた。私は、T教団の教えに、興味を持つようになった。
卒業後、コマキは結婚して東京へ引っ越した。東京でもT教団の活動を続けながら、占い師やモデルの仕事もしていた。彼女の多才さには、いつも驚かされた。しかし、彼女が最も熱心に取り組んでいたのは、妊活だった。
コマキは、長い間、不妊治療を続けていた。LINEグループでも、その苦労や悩みを打ち明けていた。高齢出産のリスクを抱えながらも、彼女は決して諦めなかった。その強い意志と、母性への渇望は、時に痛々しいほどだった。
「私は、絶対に、赤ちゃんを産みたいの。それが、私の使命だと思うから…」
コマキは、そう言って、涙を流した。私は、彼女の言葉に、胸を締め付けられる思いがした。
T教団の教えでは、人間の肉体は「宇宙服」のようなものであり、魂は永遠に生き続けるとされている。コマキは、この教えを深く信じていた。彼女にとって、出産は単なる生物学的な現象ではなく、魂の転生に関わる神聖な行為だったのかもしれない。
コマキは、私たちにとって、特別な存在だった。彼女は、常に、私たちを励まし、支えてくれた。彼女の優しさと、強さと、信仰心は、私たちに、大きな影響を与えた。
そして、彼女の妊娠は、私たちに、大きな喜びをもたらした。しかし、同時に、それは、新たな悲劇の始まりでもあった。
3. トココ – 静かなる変化
トココは、いつもコマキのそばにいる、大人しい女性だった。眼鏡をかけ、控えめな印象だった。彼女は、R大学では一度も見かけなかったが、T教団の活動を通じて私たちと知り合った。
トココは、コマキのように積極的に布教活動をすることはなかった。しかし、彼女は常にコマキを支え、資料の配布や会場の設営など、裏方の仕事を黙々とこなしていた。彼女の存在は、コマキにとって、なくてはならないものだったのだろう。
トココは、T教団の教えを素直に受け入れているように見えた。しかし、数年後、彼女はI教団にも関わるようになった。その理由を、彼女は詳しくは語らなかった。しかし、私は、彼女が何かを探し求めているように感じた。
ある日、トココは、私に、こう言った。
「私は、自分が何を信じればいいのか、分からないの。でも、何かを信じたい、って気持ちは、ずっとあるんだ…」
トココの言葉は、私の心に深く響いた。彼女は、自分自身の内面と向き合い、自分自身の答えを探し求めていたのだ。
東京に引っ越した後、トココはOLとして働きながら、婚活をしていた。LINEグループでは、マッチングアプリでの出会いや、デートの様子などを報告してくれた。彼女は、結婚に対して、どこか焦りを感じているようだった。
「私は、早く結婚して、子供が欲しいの。それが、私の夢なの…」
トココは、そう言って、微笑んだ。しかし、その笑顔には、どこか寂しさが漂っていた。
トココは、読書やドラマ鑑賞が好きで、私とは趣味が合った。新しいドラマが始まるたびに、LINEで互いのチョイスを情報交換し合った。彼女の好みは、ミステリーやサスペンスなど、少し暗めのものが多かった。それは、彼女の内面に潜む、何かと繋がっているのかもしれない。
トココは、私たちにとって、特別な存在だった。彼女は、常に、私たちを見守り、支えてくれた。彼女の優しさと、静かな強さは、私たちに、安らぎを与えてくれた。
そして、彼女の変化は、私たちに、新たな問いを投げかけた。人は、何を信じ、何を求めるべきなのか。そして、人は、どこへ向かって生きていくべきなのか。
4. ノブ – 信仰と友情の葛藤
ノブは、I教団の熱心な二世信者だった。眼鏡をかけ、短髪で、常に謙虚な態度を崩さない男だった。彼は、選挙のたびに、私たちに特定の政党への投票を促してきた。その熱心さは、時に私たちを困惑させることもあった。
しかし、普段のノブは、非常に控えめな性格だった。彼は、自分の意見を強く主張することはせず、常に相手の言葉に耳を傾けていた。その態度は、I教団の教えによるものなのか、それとも彼自身の性格によるものなのか、私には分からなかった。
ノブは、R大学文学部でヒデと同じ日本史を専攻していた。二人はよく一緒に図書館で勉強していた。ノブは、ヒデの秘密を、私たちの中で最も早く知っていた。しかし、彼はその事実を、長い間、私たちに隠していた。
ある日、ノブは、私に、こう言った。
「僕は、ヒデのことを、尊敬しています。彼は、僕にはないものを持っているから…」
ノブの言葉は、私の心に深く響いた。彼は、ヒデの自由奔放な生き方に、憧れを抱いていたのだ。
しかし、同時に、ノブは、ヒデの生き方を、否定しなければならなかった。I教団の教えでは、自由奔放な生き方は、許されないものだったからだ。
ノブは、信仰と友情の間で、常に葛藤していた。彼は、どちらを選ぶべきか、分からなかった。
「僕は、どうすればいいんでしょうか…」
ノブは、そう言って、私に助けを求めた。私は、彼に、こう答えた。
「ノブ、自分の心に正直に生きればいいんだよ。それが、一番大切なことだと思うから…」
私の言葉は、ノブの心に、少しは響いたようだった。しかし、彼の葛藤は、その後も続いた。
ノブは、私たちにとって、特別な存在だった。彼は、常に、私たちを導き、支えてくれた。彼の信仰心と、誠実さは、私たちに、大きな影響を与えた。
そして、彼の葛藤は、私たちに、新たな問いを投げかけた。人は、何を信じ、何を優先すべきなのか。そして、人は、どのように生きるべきなのか。
5. アユム – 温厚な芸術家
アユムは、温和で生真面目な男だった。細い目が特徴的で、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。彼は、私たちの中で唯一、法学部に所属していた。しかし、ヒデと同じ寮に住んでいたため、文学部の私たちとも親しかった。
アユムは、特定の宗教には帰属していなかった。しかし、他者の信仰に対しては、常に寛容な態度を示していた。彼は、私たちの宗教談義にも、興味深そうに耳を傾けていた。彼の関心は、宗教そのものよりも、むしろ人間の心理や文化に向けられていたのかもしれない。
卒業後、アユムは一度、実家の長野県に戻った。しかし、数年後、彼は保育士の資格を取得し、再び京都に戻ってきた。彼は、子供たちと接する仕事に、大きなやりがいを感じているようだった。
「子供たちは、純粋で、正直で、見ていて飽きないよ。彼らから、学ぶことは多いんだ…」
アユムは、そう言って、目を細めた。彼の言葉は、彼の優しさと、人間に対する深い愛情を表していた。
アユムは、芸術的な感性を持っていた。彼は、よく絵を描いたり、詩を書いたりしていた。最近、彼は小説を書き始めた。それは、学生時代の思い出を綴ったものだった。彼は、創作活動を通じて、過去と向き合おうとしていたのかもしれない。
ある日、アユムは、私に、こう言った。
「僕は、言葉で表現できない感情を、絵や詩で表現したいんだ。それが、僕の使命だと思うから…」
アユムの言葉は、私の心に深く響いた。彼は、自分自身の内面と向き合い、自分自身の表現方法を追求していたのだ。
アユムは、私たちにとって、特別な存在だった。彼は、常に、私たちを癒し、励ましてくれた。彼の優しさと、芸術的な感性は、私たちに、安らぎと刺激を与えてくれた。
そして、彼の創作活動は、私たちに、新たな問いを投げかけた。人は、何を表現し、何を伝えるべきなのか。そして、人は、どのように自己実現を果たすべきなのか。
6. 「私」 – 観察者としての視点
私は、この物語の語り手であり、客観的な視点を持つ観察者だ。R大学に編入し、このグループに加わった。卒論では、所属学部の教授の著書を扱った「アウフヘーベン」が、教育賞を受賞した。
卒業後、私はパチンコ業界に就職した。そこで、私は人間の欲望や、社会の裏側を垣間見た。結婚し、マンションを購入し、3人の子供に恵まれたが、その後、離婚。現在は、脱サラしてフリーランスとして働いている。
私は、このグループのメンバーの誰よりも、社会学的な視点を持っていると自負している。宗教現象や、人間関係の複雑さを、冷静に分析することができる。しかし、同時に、私は常に傍観者であることのジレンマを感じている。
私は、この物語を記録することで、自分自身の内面と向き合おうとしているのかもしれない。そして、この物語を通じて、読者に何かを伝えたいと願っている。
私は、この物語の登場人物たちを、深く愛している。彼らの喜び、悲しみ、苦しみ、葛藤…。その全てが、私自身の喜びであり、悲しみであり、苦しみであり、葛藤でもある。
私は、この物語の結末を、まだ知らない。しかし、私は、この物語が、読者の心に、何かを残すことを信じている。
そして、私は、この物語を通じて、私自身も、成長できることを願っている。
ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第3章:亀裂の兆候 – SNSの虚像(2015年9月~11月)
1. ヒデの沈黙 – 静寂の序曲
2015年9月、ヒデは、突如としてLINEグループ「ことほぐ心の集い」に反応しなくなった。それは、まるで嵐の前の静けさのように、不気味なほど穏やかな沈黙だった。
それまで、彼はどんな些細な投稿にも、必ず何かしらのリアクションを返していた。スタンプ一つでも、短い言葉でも、必ず。それが彼の礼儀であり、優しさであり、そして、私たちとの繋がりを保つための、彼なりの方法だった。だからこそ、彼の沈黙は、私たちに、言いようのない違和感を抱かせた。
最初は、誰もが「忙しいのだろう」「そのうち返信が来るだろう」と軽く考えていた。ヒデは、自動車教習所の教官という仕事柄、繁忙期には連絡が途絶えることもあったからだ。それに、彼は、時々、ふらりと旅に出る癖があった。今回も、きっと、どこかで気ままに過ごしているのだろう、と。
しかし、数日が経ち、1週間が過ぎても、ヒデからの反応はなかった。グループトークは、相変わらず他愛のない話題で流れていく。コマキの妊活の話、トココの婚活の愚痴、ノブの仕事の近況報告、アユムの保育園の子供たちの写真…。しかし、その中にヒデの姿はなかった。彼の不在は、まるで、美しい風景画にぽっかりと空いた穴のように、不自然で、不吉なものだった。
「ヒデくん、最近見ないね?」
誰かが、ぽつりと呟いた。それは、私だったかもしれないし、他の誰かだったかもしれない。記憶は曖昧だ。しかし、その一言が、グループ内に漂っていた漠然とした不安を、一気に表面化させたことは確かだ。
それまで、私たちは、ヒデの不在を、見て見ぬふりをしていた。それは、無意識の防衛本能だったのかもしれない。ヒデに何かあったのではないか、という不安を、心の奥底に押し込めて、日常をやり過ごしていたのだ。
しかし、その一言が、その防壁を、いとも簡単に打ち破ってしまった。私たちは、もう、ヒデの不在から、目を背けることはできなかった。
「そういえば、最後に返信があったのはいつだっけ?」
「スタンプが送られてきたのは、先週の金曜日だったかな…」
「電話してみた人いる?」
「いや、まだ…」
私たちは、ヒデの不在を、冗談めかして語り合った。しかし、その言葉の裏には、隠しきれない動揺があった。ヒデは、私たちのグループにとって、なくてはならない存在だった。彼の沈黙は、まるでオーケストラから突然、一つの楽器が消えてしまったような、そんな不協和音を生み出していた。
2. コマキの喜び – 祝福と影
ヒデの沈黙が続く中、2015年10月、コマキからLINEグループにメッセージが届いた。それは、私たち全員にとって、予想外の、そして、喜ばしい報告だった。
「皆さんにご報告があります。実は…妊娠しました!」
その一文は、グループ全体を歓喜の渦に巻き込んだ。コマキが長年、不妊治療に取り組んでいたことを、私たちは知っていた。彼女の苦労と努力が、ようやく実を結んだのだ。
「おめでとう、コマキ!本当に良かった!」
「やったね!自分のことのように嬉しいよ!」
「体調には気をつけてね。無理しないでね。」
祝福のメッセージが、次々と送られていく。スタンプや絵文字が、画面を華やかに彩る。ヒデの不在という暗雲は、一瞬にして吹き飛ばされたようだった。
コマキは、妊娠の喜びを、詳細に語った。つわりの辛さ、胎動の感動、エコー写真の赤ちゃんの様子…。彼女の言葉は、母性愛に満ち溢れていた。
「高齢出産だから、色々不安もあるけど…でも、絶対に元気な赤ちゃんを産むからね!」
コマキの強い決意に、私たちは胸を打たれた。彼女は、T教団の教えを深く信じ、生命の神秘を尊んでいた。妊娠は、彼女にとって、単なる生物学的な現象ではなく、魂の転生に関わる神聖な出来事だったのだろう。
私たちは、コマキの妊娠を心から祝福し、彼女の無事を祈った。しかし、その一方で、ヒデの不在は、ますます重苦しい影を落としていた。
それは、まるで、美しい音楽に混じる、不協和音のように。あるいは、晴れ渡った空に、ぽつんと浮かぶ、暗雲のように。私たちは、その不協和音や暗雲から、目を背けることはできなかった。
3. LINEの虚像 – 仮面の笑顔
コマキの妊娠報告以降、LINEグループの話題は、彼女の出産に関するもの一色になった。それは、当然のことだった。新しい命の誕生は、何よりも祝福されるべき出来事だ。
「今日の検診はどうだった?」
「赤ちゃんの名前はもう決めた?」
「ベビー用品は何を揃えたらいいかな?」
コマキは、毎日のように、自分の体調や、赤ちゃんの成長について報告した。食事の内容、体重の変化、ヨガのポーズ…。彼女の投稿は、まるで小川洋子の『妊娠カレンダー』を読んでいるかのようだった。
私たちは、コマキの投稿に、熱心にコメントを返した。質問に答え、アドバイスをし、励ましの言葉を送った。しかし、そのやり取りは、どこか表面的で、空虚なものに感じられた。
それは、まるで、台本のある演劇のようだった。私たちは、それぞれ、与えられた役を演じているだけ。そこに、本物の感情は存在しない。
ヒデの話題は、徐々にタブー視されるようになっていった。誰もが、彼の不在に触れることを避けていた。それは、まるで、見て見ぬふりをすることで、問題が存在しないかのように振る舞う、子供のようだった。
LINEグループは、本来、私たちを繋ぐためのツールだったはずだ。しかし、現実には、私たちは、ますます孤立を深めていた。SNSの画面には、笑顔の絵文字や、楽しげな言葉が並んでいる。しかし、その裏には、それぞれの不安や孤独が隠されていた。
私たちは、互いの本当の気持ちを知ることから、逃げていたのかもしれない。ヒデの不在という現実に、向き合うことを恐れていたのかもしれない。
それは、まるで、薄い氷の上に立っているような、危うい関係だった。いつ、その氷が割れて、冷たい水の中に落ちてしまうか、分からない。
4. 募る不安 – 見えない亀裂
11月に入り、ヒデの音信不通は、もはや無視できない問題となっていた。しかし、LINEグループでは、誰もそのことに触れようとしなかった。
それは、まるで、巨大な爆弾を抱えているようなものだった。いつ、その爆弾が爆発するか、分からない。私たちは、その恐怖に怯えながら、日常を過ごしていた。
「今日の夕飯はカレーにしたよ。美味しくできた!」
「週末は、紅葉を見に行く予定。楽しみだな。」
「新しいドラマが始まったね。みんなは何を観てる?」
他愛のない話題が、空虚に響く。私は、スマホの画面をスクロールしながら、ため息をついた。
「ヒデ、どうしてるんだろう…」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。しかし、すぐに後悔した。このグループで、その話題は禁句なのだ。
案の定、誰も反応しなかった。数分後、コマキが新しいスタンプを投稿した。可愛らしい赤ちゃんのイラストが、画面を埋め尽くす。
私は、スマホを閉じた。そして、深い闇の中に沈んでいくような感覚に襲われた。それは、絶望感というよりも、虚無感に近かった。
私たちは、何のために、このグループを続けているのだろうか。私たちは、本当に、繋がっているのだろうか。私たちは、互いのことを、本当に理解しているのだろうか。
私は、その答えを知らなかった。そして、その答えを知ることは、永遠にないのかもしれない、とさえ思った。
5. 真実への渇望 – 届かぬ声
数日後、私はノブに個別にLINEを送った。それは、私なりの、精一杯の抵抗だった。
「ノブ、ヒデのこと、何か知らない?」
すぐに既読がついたが、返信はなかなか来なかった。数時間後、ようやくノブからメッセージが届いた。
「すいません。少し、込み入った話があるので、直接会って話せませんか?」
私は、ノブの言葉に、ただならぬ気配を感じた。そして、同時に、真実を知りたいという、抑えきれない衝動に駆られた。
それは、まるで、長い間、喉の渇きに苦しんでいた人が、ようやく水を見つけた時のようだった。私は、その水を、一気に飲み干したいと思った。
しかし、同時に、私は、恐怖も感じていた。真実を知ることは、必ずしも幸せなことではない。時には、真実を知らない方が、幸せなこともある。
しかし、私は、もう、後戻りすることはできなかった。私は、真実を知ることを、選んだのだ。
私たちは、週末に、大阪のカフェで会う約束をした。私は、その日を、まるで死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで過ごした。
私は、何度も、何度も、自問自答した。私は、本当に、真実を知りたいのか?私は、真実を受け入れることができるのか?
しかし、その答えは、出なかった。私は、ただ、時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。
6. 隠された病 – 衝撃の告白
カフェで会ったノブは、以前よりも痩せて、やつれたように見えた。彼は、コーヒーカップを手に、重い口を開いた。
「実は…ヒデ、1年前に早期のがんが見つかって、入院してたんです。」
私は、言葉を失った。ヒデが、がん…?そんなこと、全く知らなかった。
「なんで、教えてくれなかったんだ…?」
私は、絞り出すような声で、そう言った。
「ヒデが、誰にも言うなって…特に、コマキさんには絶対に知られたくないって…」
ノブは、苦しそうに顔を歪めた。彼は、ヒデの病状を、私たちの中で最も詳しく知っていた。しかし、ヒデの強い希望で、それを誰にも言えずにいたのだ。
「ヒデは、大したことないって言ってたけど…本当は、かなり深刻な状態だったんだ。手術はまだできなくて、薬で腫瘍を小さくしてる段階だった…」
ノブの話を聞きながら、私は、ヒデの笑顔を思い出していた。あの、いつもと変わらない、穏やかな笑顔。その裏に、どれほどの苦しみと不安を隠していたのだろうか。
私は、自分の無神経さを、深く恥じた。私は、ヒデの異変に、全く気づかなかった。私は、ヒデの気持ちを、何も理解していなかった。
「最近、ヒデが入院していた病院を、いくつか特定したんです。電話で確認してみたんですけど…」
ノブは、言葉を詰まらせた。私は、彼の言おうとしていることを、悟った。しかし、それを言葉にすることは、できなかった。
「…手がかりは何もなかったのか?」
ノブは、小さく頷いた。私は、全身から力が抜けていくのを感じた。
7. LINEの限界 – 虚無の対話
私たちは、ヒデの行方不明を、LINEグループに伝えるべきかどうか、話し合った。しかし、結論は出なかった。
コマキは、もうすぐ出産を控えている。そんな彼女に、ヒデの行方不明を伝えることは、あまりにも残酷だ。しかし、いつまでも隠し通すことはできない。
私たちは、答えのない問いを、ぐるぐると繰り返していた。そして、その間にも、LINEグループでは、他愛のない会話が続いていた。
「赤ちゃん、元気に動いてるよ!」
「今日の体重、プラス0.5キロ…やばい…」
「おすすめのヨガのポーズ、教えて!」
私は、そのやり取りを、まるで他人事のように眺めていた。LINEの画面は、明るく、楽しげだ。しかし、その中に、真実はない。
私たちは、SNSという虚像の世界に囚われていた。そして、その中で、最も大切なものを見失っていたのかもしれない。
ヒデの病気は、私たちに、そのことを突きつけた。それは、あまりにも重く、そして、残酷な真実だった。しかし、私たちは、それから目を背けることはできなかった。
私たちは、この亀裂を、どう修復すればいいのか。そして、この虚像の世界から、どう抜け出せばいいのか。答えは、まだ見つかっていなかった。
私たちは、まるで、深い海の底に沈んでいくような、そんな感覚だった。私たちは、どこへ向かっているのだろうか。そして、私たちは、何のために、生きているのだろうか。
私は、その答えを知らなかった。そして、その答えを知ることは、永遠にないのかもしれない、とさえ思った。
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第4章:記憶の残滓 – 出産と回想(2016年1月初旬)
1. 待ち望んだ日 – 生命の鼓動
2016年1月初旬、東京は、澄み切った冬晴れだった。空はどこまでも高く、太陽の光が、白い病室の窓から差し込んでいる。コマキは、陣痛の痛みに耐えながら、ベッドの上で、その時を待っていた。長い、長い、不妊治療の末、ようやく授かった命。40歳という年齢での高齢出産は、リスクも伴う。しかし、コマキの心は、希望と喜びに満ち溢れていた。
「大丈夫、大丈夫…」
コマキは、自分に言い聞かせるように、何度もそう繰り返した。彼女は、T教団の教えを深く信じていた。人間の魂は永遠であり、肉体は、この世で生きるための、いわば「宇宙服」のようなもの。この世での使命を終えれば、「宇宙服」を脱ぎ、また次の世に生まれ変わる。
コマキは、これから生まれてくる赤ちゃんの魂が、どこから来たのか、そして、どこへ行くのか、思いを馳せた。それは、彼女にとって、単なる出産ではなく、魂の巡り合いを意味していた。彼女は、新しい魂を、この世界に迎え入れるための、神聖な儀式に臨んでいるのだと感じていた。
陣痛の間隔が、徐々に短くなっていく。助産師が、コマキの様子を頻繁に確認する。
「もうすぐですよ、コマキさん。頑張って!」
助産師の励ましに、コマキは力強く頷いた。彼女は、全身全霊を込めて、この新しい命を迎え入れようとしていた。
額には汗がにじみ、呼吸は荒くなる。しかし、コマキの目は、希望に輝いていた。彼女は、この痛みこそが、新しい命を誕生させるための、尊い試練なのだと感じていた。
2. LINEグループの祝福 – 遠い祈り
その頃、LINEグループ「ことほぐ心の集い」では、コマキの出産を待ちわびるメンバーたちが、メッセージを送り合っていた。
「コマキさん、頑張ってるかな…」
「無事に生まれてくることを祈ってるよ!」
「何かあったら、すぐに連絡してね。」
メッセージの合間には、安産祈願のスタンプや、赤ちゃんのイラストが飛び交う。誰もが、コマキの出産を、自分のことのように心配し、喜んでいた。
「私」も、スマホの画面を見つめながら、祈るような気持ちでいた。コマキとは、大学時代からの長い付き合いだ。彼女の信仰心には、時に圧倒されることもあったが、その純粋さと、生命に対する真摯な姿勢には、いつも心を打たれていた。
「私」は、コマキの出産が、無事に終わることを、心から願っていた。そして、新しい命の誕生が、コマキに、そして私たちに、希望と喜びをもたらしてくれることを、信じていた。
しかし、その一方で、「私」の心の中には、拭いきれない不安があった。ヒデの不在が、その不安を、さらに増幅させていた。
(ヒデは、今、どこで、何をしているのだろう…)
「私」は、何度も、そう思った。しかし、その答えを知る術はなかった。ヒデは、まるで、最初から存在しなかったかのように、私たちの前から姿を消してしまったのだ。
そして、その不在は、私たちに、重い問いを投げかけていた。私たちは、本当に繋がっているのだろうか。私たちは、互いのことを、本当に理解しているのだろうか。
その答えは、まだ、誰にも分からなかった。しかし、少なくとも、私たちは、その問いから目を背けることは、もうできなかった。ヒデの不在は、私たちに、そのことを教えてくれたのだ。
「生まれたよ!」
突然、コマキからメッセージが届いた。添付された写真には、生まれたばかりの赤ちゃんの姿があった。
「男の子です!名前はソレーユにしました。」
グループ内は、歓喜の渦に包まれた。祝福のメッセージとスタンプが、次々と送られていく。
「おめでとう、コマキ!本当に良かったね!」
「ソレーユくん、可愛い!早く会いたいな。」
「コマキさん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでね。」
「私」も、心からの祝福を込めて、メッセージを送った。新しい生命の誕生は、いつだって奇跡だ。そして、その奇跡は、私たちに、生きる希望と喜びを与えてくれる。
3. 出産の記憶 – 生命の神秘
コマキは、出産の経緯や感想を、LINEグループで詳細にシェアした。それは、まるで、彼女自身のドキュメンタリー映画のようだった。
「陣痛が始まってから、12時間かかったの。最初は余裕だったんだけど、だんだん痛みが強くなってきて…もうダメかと思った。」
「でも、助産師さんや夫がずっと傍にいてくれて、励ましてくれたから、頑張れたんだ。」
「赤ちゃんが生まれた瞬間は、本当に感動した。言葉では言い表せないくらい…」
コマキの言葉は、まるで小川洋子の『妊娠カレンダー』の一節のように、生々しく、そして、感動的だった。彼女は、出産という体験を通じて、生命の神秘を、改めて実感したのだろう。
「赤ちゃんの名前は、ソレーユにしたの。太陽っていう意味なの。この子が、たくさんの人に光を与えられるような、そんな存在になってほしいと思って…」
コマキは、赤ちゃんの名前の由来や、名前に込めた思いを語った。それは、T教団の教えに基づいた、深い意味を持つ名前だった。
メンバーたちは、コマキの話に熱心に耳を傾け、質問をしたり、感想を述べたりした。LINEグループは、まるで産婦人科の待合室のような、温かい雰囲気に包まれていた。
しかし、「私」は、その温かい雰囲気の中で、どこか孤独を感じていた。ヒデの不在が、その孤独を、さらに深めていた。
(ヒデも、この子の誕生を、喜んでくれただろうか…)
「私」は、そう思った。しかし、その答えを知ることは、半分あきらめている。ヒデは、もう、この世にはいないのか。その可能性を否定する根拠は何もなかった。
4. 記憶のフラッシュバック – 過去の光
出産を終え、病室で一人になったコマキは、ふと、大学時代のことを思い出していた。それは、まるで、古い映画のワンシーンのように、鮮やかに、そして、懐かしく、彼女の心の中に蘇ってきた。
(ヒデくん、元気にしてるかな…)
ヒデは、コマキにとって、特別な存在だった。彼は、コマキの信仰を、いつも尊重してくれた。T教団の活動にも、偏見を持つことなく、興味を示してくれた。
ある日、コマキがヒデをT教団の集会に誘ったことがあった。ヒデは、教団の施設や、信者たちの様子を、興味深そうに見学していた。
「コマキの信じていることを、もっと知りたかったんだ」
ヒデは、そう言って微笑んだ。彼の言葉は、コマキにとって、何よりも嬉しいものだった。
ヒデは、誰に対しても優しく、分け隔てなく接する人だった。彼は、困っている人がいれば、迷わず手を差し伸べた。その優しさは、時に、お人好しすぎると思われることもあった。
しかし、コマキは、ヒデの優しさこそが、彼の魅力だと感じていた。彼は、損得勘定抜きで、人に尽くすことができる、稀有な存在だった。
ヒデは、よくコマキに、冗談を言った。
「コマキさん、そんなに真面目に生きてたら、疲れちゃうよ。もっと、適当に生きようよ。」
ヒデは、そう言って、笑った。しかし、コマキは、彼の言葉の中に、優しさと、温かさを感じていた。
(ヒデくんにも、この子のこと、教えてあげたいな…)
コマキは、そう思った。しかし、同時に、ヒデが最近、LINEグループに全く顔を出していないことに気づいた。
(どうしたんだろう…忙しいのかな…)
コマキは、少し不安になった。しかし、すぐにその考えを打ち消した。
(きっと、大丈夫。また、いつか会える…)
コマキは、そう信じることにした。そして、生まれたばかりの赤ちゃんの顔を見つめながら、静かに目を閉じた。
5. グループ内の変化 – 見えない亀裂
コマキの出産報告は、LINEグループに、大きな変化をもたらした。それまで、どこか停滞していた空気が、一気に活性化したのだ。
メンバーたちは、コマキの出産を祝福し、赤ちゃんの成長を、まるで自分のことのように喜んだ。毎日のように、赤ちゃんの写真や動画が投稿され、コメントが飛び交う。
それは、まるで、長い冬が終わって、ようやく春が訪れたような、そんな雰囲気だった。しかし、「私」は、その春の陽気の中で、どこか冷たい風を感じていた。
ヒデの不在が、その風の原因だった。誰もが、彼のことを気にしているはずなのに、誰も、その話題に触れようとはしなかった。
それは、まるで、腫れ物に触るような、そんな雰囲気だった。ヒデの不在は、グループ内に、見えない亀裂を生み出していた。
その亀裂は、日に日に、大きくなっていった。そして、いつか、グループ全体を崩壊させてしまうのではないか、と「私」は恐れていた。
6. 笑顔の裏側 – 仮面の告白
「私」は、LINEグループのやり取りを、複雑な思いで眺めていた。コマキの出産は、確かに喜ばしいことだ。しかし、その喜びの裏には、ヒデの不在という、拭いきれない影があった。
メンバーたちは、皆、笑顔の絵文字や、明るい言葉を使っている。しかし、その裏には、それぞれの不安や孤独が隠されているのではないか。
「私」は、そう感じていた。SNSは、私たちを繋ぐツールであると同時に、私たちを孤立させるツールでもある。私たちは、表面的な繋がりの中で、本当の気持ちを隠し、偽りの自分を演じているのかもしれない。
ある日、「私」は、トココに個別にLINEを送った。
「トココ、最近どうしてる?元気?」
すぐに、トココから返信が来た。
「元気だよ。でも、ちょっと疲れてるかな…」
トココの言葉は、正直だった。「私」は、嬉しかった。彼女は、「私」に、本音を打ち明けてくれたのだ。
「何かあったの?」
「私」は、そう尋ねた。
「…実は、ヒデくんのこと、ずっと考えてるんだ。彼、どうしてるんだろう…」
トココは、そう言った。彼女の言葉は、「私」の心に深く響いた。
「…僕も、同じだよ。ヒデのこと、心配してる…」
「私」は、そう返信した。そして、私たちは、しばらくの間、ヒデのことを語り合った。
それは、久しぶりに、心の底から語り合えたような気がした。私たちは、互いの不安や孤独を、共有することができたのだ。
7. 静かな波紋 – 過去への扉
ある日、トココが、LINEグループに、こんなメッセージを投稿した。
「最近、昔のアルバムを見てたんだけど、ヒデくんの写真がたくさん出てきたの。懐かしいなぁ…」
そのメッセージは、グループ内に、静かな波紋を広げた。誰もが、ヒデのことを思い出していた。しかし、誰も、そのことに触れようとはしなかった。
それは、まるで、長い間、閉ざされていた扉が開かれたような、そんな瞬間だった。その扉の向こうには、過去の記憶が、鮮やかに、そして、懐かしく、広がっていた。
しかし、同時に、その扉の向こうには、暗い影も潜んでいた。ヒデの不在という、拭いきれない影が。
私たちは、その影から、目を背けることはできなかった。私たちは、その影と向き合わなければならなかった。
8. 拭えない影 – 真実への序章
コマキの出産から、数週間が経った。LINEグループは、相変わらず、赤ちゃんの話題で持ちきりだった。
しかし、「私」は、どうしても、ヒデのことが整理できずにいた。
(ヒデお前、いったいどうしちまったんだ…)
「私」は、何度もそう思った。しかし、その答えを知る術はなかった。ヒデは、まるで、最初から存在しなかったかのように、私たちの前から姿を消してしまったのだ。
そして、その不在は、私たちに、重い問いを投げかけていた。私たちは、本当に繋がっているのだろうか。私たちは、互いのことを、本当に理解しているのだろうか。
その答えは、まだ、誰にも分からなかった。しかし、少なくとも、私たちは、その問いから目を背けることは、もうできなかった。ヒデの不在は、私たちに、そのことを教えてくれたのだ。そして物語は真実への序章を迎える。
ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第5章:「無念」 – 真実への序章(2016年1月22日)
1. 避けられぬ問い – 心の湖面に広がる波紋
2016年1月22日、18時22分。そのメッセージは、まるで静かな湖面に投げ込まれた小石のように、LINEグループ「ことほぐ心の集い」に波紋を広げた。送信者はコマキ。
「ヒデくんは、どうしているのだろう?」
その一文は、短く、素朴な疑問だった。しかし、その言葉の裏には、深い不安と、そして、私たちへの、かすかな疑念が込められているように感じられた。
私たちは、その問いかけから目を背けることができなかった。なぜなら、ノブとアユム、そして私自身は、すでにヒデの生存が絶望的であることを、知っていたからだ。
数ヶ月前のあの調査の日々。ヒデの足跡を辿り、病院を訪ね、関係者に連絡を取った。その過程で得た情報は、どれも希望を打ち砕くものばかりだった。ヒデの病状は、私たちが想像していた以上に深刻だったのだ。
しかし、その事実を、私たちはLINEグループのメンバー、特に、出産を間近に控えたコマキには、伝えることができなかった。真実を告げることは、彼女を深く傷つけることになる。それは、私たちには耐えられないことだった。
だからこそ、コマキのこの問いかけは、私たちの心を深くえぐった。それは、見て見ぬふりをしてきた現実を、突きつけられた瞬間だった。それは、まるで、隠していた傷口を、無理やりこじ開けられたような、そんな痛みだった。
2. 言葉にならない衝撃 – 罪悪感の濁流
コマキは、続けてメッセージを送った。
「誰も実家の電話も住所も知らないの?」
その問いかけは、さらに重く、切実だった。彼女は、ヒデの安否を、本気で心配している。その純粋な思いが、私たちの罪悪感を、さらに増幅させた。
私たちは、ヒデの実家の住所をとっくに知っていた。しかし、その住所に電話をかけることは、コマキにとって、死刑宣告を聞くことと同じだった。私たちは、その事実を、まだ受け入れることができなかったのだ。
LINEグループは、重苦しい沈黙に包まれた。誰もが、言葉を失っていた。それは、嵐の前の静けさというよりも、嵐が過ぎ去った後の、破壊された風景のようだった。
私たちは、SNSという、薄っぺらな繋がりの中で、互いの表面だけを見て、満足していたのかもしれない。ヒデの心の奥底に、何があったのか。私たちは、知ろうともしなかった。いや、知ることを恐れていたのかもしれない。
私たちは、自分たちの弱さ、ずるさ、そして、偽善を、嫌というほど思い知らされた。それは、まるで、冷たい泥水を浴びせられたような、そんな感覚だった。
3. ノブの苦渋の返答 – 嘘と真実の狭間
19時29分。沈黙を破ったのは、ノブだった。
「すいません。彼の状況は分からないです。」
その返答は、短く、そして、重かった。ノブは、I教団の熱心な信者であり、普段は、もっと積極的に発言するタイプだ。しかし、この時の彼は、明らかに言葉を選んでいた。いや、言葉を探していたのかもしれない。真実を告げずに、この場をやり過ごすための言葉を。
ノブの返答には、複雑な感情が込められているように感じられた。後悔、罪悪感、そして、私たちへの申し訳なさ…。彼は、ヒデの異常を、私たちよりも先に知っていた。そして、それを言えずにいた。そのことが、彼の心を、深く蝕んでいたのだろう。
私は、ノブの苦しみを理解できた。しかし、同時に、彼を責める気持ちも、確かにあった。なぜ、もっと早く教えてくれなかったのか。なぜ、私たちに、真実を隠していたのか。
しかし、その問いを、口にすることはできなかった。このLINEグループという場で、真実を語ることは、不可能に近い。そして、何よりも、ノブを責めることで、何かが変わるわけではないことを、私たちは知っていた。
それは、まるで、出口のない迷路に迷い込んだような、そんな感覚だった。私たちは、どこへ向かえばいいのか、分からなかった。
4. コマキの「無念」スタンプ – 言葉にならない叫び
21時35分。コマキが、再びメッセージを送った。
「無念」 スタンプ
それは、言葉ではなく、スタンプだった。しかし、そのスタンプは、どんな言葉よりも雄弁だった。コマキの、深い悲しみと、やり場のない怒り、そして、絶望感が、痛いほど伝わってきた。
「無念」という言葉は、通常、目的を達成できずに終わったことに対する、悔しさや残念さを表す。しかし、この時のコマキの「無念」は、それ以上の意味を持っていた。
それは、ヒデの安否を知ることができない、無力感。ヒデと連絡を取ることができない、絶望感。そして、ヒデを救うことができなかった、自責の念…。
様々な感情が、その二文字に凝縮されていた。いや、凝縮しきれていなかった。コマキの感情は、そのスタンプから溢れ出し、私たちを飲み込もうとしていた。
私たちは、言葉を失っていた。何を言えばいいのか、分からなかった。コマキの悲しみに、どう寄り添えばいいのか、分からなかった。いや、分かっていたのかもしれない。しかし、それを実行する勇気がなかった。
私たちは、ただ、スマホの画面を見つめることしかできなかった。そして、その画面の向こう側には、それぞれの孤独と、後悔と、そして、拭いきれない罪悪感が、渦巻いていた。
5. 見えない壁 – 隔絶された心
コマキの「無念」スタンプは、LINEグループに、決定的な亀裂を生み出した。いや、亀裂は、最初から存在していたのかもしれない。ヒデの音信不通、そして、彼の異常を隠していたことが、その亀裂を、決定的なものにしたのだ。
それまで、表面上は穏やかだったグループの雰囲気が、一変した。誰もが、ヒデのことを気にしている。しかし、誰も、その話題に触れようとしない。それは、まるで、触れてはいけないタブーのように、扱われていた。
メンバーたちは、互いに探り合いながら、言葉を選びながら、メッセージを送り合った。しかし、そのやり取りは、どこかぎこちなく、空虚だった。
私たちは、SNSという、虚像の世界に囚われていた。そして、その中で、最も大切なものを見失っていたのかもしれない。いや、見失っていたのではない。私たちは、最初から、それを見ていなかったのだ。
ヒデの不在は、私たちに、そのことを突きつけた。それは、あまりにも重く、そして、残酷な真実だった。しかし、私たちは、それから目を背けることはできなかった。いや、目を背けてはいけなかった。
私たちは、まるで、厚い壁に隔てられたように、互いの心を通わせることができなくなっていた。その壁は、私たちの不信感、罪悪感、そして、後悔によって、築かれたものだった。
6. それぞれの夜 – 孤独と後悔の深淵
その夜、私は、一人で酒を飲んでいた。ヒデのことを考えることを、止められなかった。
(ヒデ、一体、コマキにどう告げたらよいと思う…いや、もう、どこにもいないのか…)
私は、何度もそう思った。そして、その度に、胸が締め付けられるような痛みを感じた。ヒデは、もう、この世にはいないに違いない。その事実を、私は、頭では理解していた。しかし、心が、それを拒絶していた。
私は、ヒデとの思い出を、一つ一つ、辿っていた。大学時代の、あのバカ騒ぎ。卒業旅行での、あのハプニング。そして、ヒデの、あの優しい笑顔…。
しかし、その思い出は、今となっては、遠い過去のものとなっていた。私たちは、もう二度と、あの頃に戻ることはできない。そして、ヒデと再会することも、永遠にないのだろうか。
私は、グラスを空けた。そして、深い闇の中に沈んでいくような感覚に襲われた。それは、絶望感というよりも、虚無感に近かった。
その頃、トココは、ベッドの中で、スマホの画面を見つめていた。彼女は、コマキの「無念」スタンプを、何度も何度も見返していた。
(ヒデくん、どうして…)
トココは、ヒデのことを、深く心配していた。いや、心配という言葉では、足りない。彼女は、ヒデの死を、予感していたのかもしれない。
トココは、ヒデの優しさを、誰よりも知っていた。だからこそ、彼の不在が、彼女の心を締め付けていた。いや、締め付けているというよりも、引き裂いていた。
トココは、ヒデに何かあったのではないか、と不安に駆られていた。いや、不安というよりも、確信に近かった。しかし、彼女には、何もできなかった。彼女は、ただ、祈ることしかできなかった。いや、祈ることすら、できなかったのかもしれない。
一方、ノブは、自室で、一人、正座をしていた。彼は、I教団の教典を、声に出して読んでいた。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…」
ノブは、唱題を繰り返すことで、心の平静を保とうとしていた。しかし、彼の心は、激しく揺れ動いていた。いや、揺れ動いているというよりも、崩壊寸前だった。
ノブは、ヒデの病状を、長い間、隠していた。それは、ヒデの希望だったとはいえ、彼にとっては、重い罪悪感だった。
ノブは、自分の行動が正しかったのか、今も悩み続けていた。いや、悩み続けているというよりも、自分を責め続けていた。彼は、信仰と友情の間で、引き裂かれていた。いや、引き裂かれていたというよりも、バラバラになっていたのかもしれない。
そして、アユムは、自室で、一人、絵を描いていた。彼は、ヒデの姿を、キャンバスに描いていた。
アユムは、ヒデとの思い出を、絵にすることで、表現しようとしていた。いや、表現しようとしていたというよりも、昇華しようとしていたのかもしれない。彼は、言葉では言い表せない感情を、絵に込めていた。
アユムは、ヒデの不在を、まだ受け入れることができなかった。彼は、ヒデが、またいつか、ひょっこりと現れるような気がしていた。
しかし、それは、叶わぬ願いだった。ヒデは、もう、この世にはいないのかもしれない。その事実を、アユムは、頭では理解していた。しかし、心が、それを拒絶していた。いや、拒絶し続けていた。
7. 真実への道 – 決意の夜明け
翌日、私は、ノブとアユムに、個別にLINEを送った。それは、私なりの、決意表明だった。
「二人とも、話がある。今日、会えないか?」
すぐに、二人から返信が来た。
「分かった。」
「了解。」
その言葉は、短かったが、決意に満ちていた。私たちは、ついに、真実と向き合う覚悟を決めたのだ。
私たちは、その日の夕方、三人だけで会う約束をした。場所は、以前、ヒデのことで話し合った、あのカフェだった。
私は、カフェに向かう電車の中で、様々なことを考えていた。ヒデのこと、コマキのこと、そして、私たち自身のことを…。
私たちは、この数ヶ月間、何を見て、何を感じてきたのだろうか。私たちは、本当に繋がっていたのだろうか。私たちは、互いのことを、本当に理解していたのだろうか。
いや、私たちは、何も見ていなかった。何も感じていなかった。私たちは、繋がっていなかった。私たちは、互いのことを、何も理解していなかった。
私たちは、自分自身の心の闇から、目を背けていたのだ。そして、その闇は、ヒデの不在という形で、私たちに襲いかかってきたのだ。
私は、その真実を、受け入れなければならなかった。そして、その真実を、コマキに伝えなければならなかった。
それは、辛く、苦しい作業になるだろう。しかし、私たちは、そこから逃げることはできなかった。いや、逃げてはいけなかった。
私たちは、真実と向き合うことでしか、前に進むことはできないのだ。そして、その先に、何が待っているのか、私には、まだ分からなかった。
ただ、一つだけ確かなことは、私たちは、もう後戻りできない、ということだった。私たちは、真実の荒野を、歩き始めなければならなかったのだ。そして、その荒野は、どこまでも、どこまでも、続いているように思えた。
ただ、一つだけ確かなことは、私たちは、もう後戻りできない、ということだった。私たちは、真実の荒野を、歩き始めなければならなかったのだ。そして、その荒野は、どこまでも、どこまでも、続いているように思えた。
ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第6章:隠蔽された真実 – 過去の調査(2015年11月初旬以前の回想)
1. 遡る記憶 – あの日の神戸、薄れる陽光
2015年11月初旬、コマキの「無念」スタンプが投下された、あの重苦しい夜から遡ること約3ヶ月前。季節はまだ夏の名残りをとどめ、しかし、確実に秋へと移ろいつつあった。私は、ノブ、アユムとともに、ヒデの消息を密かに調査し始めていた。それは、まるで、薄れゆく陽光の中に、かすかな希望の光を探すような、心もとない作業だった。
きっかけは、私の個人的な、そして、どこか後ろめたい記憶だった。何年も前のこと、まだヒデが大学に通っていた頃、彼に「ちょっと付き合ってくれ」と誘われ、神戸の病院まで足を運んだことがあった。いつものように、ヒデの巧みな話術に乗せられ、何をするのかもよく分からないまま、私は彼について行ったのだ。
病院に着いてみると、ヒデは受付で何やら手続きをしている。そして、私の名前を呼び、「検査に付き添ってほしい」と言うではないか。私は、完全に騙されたことに気づいた。しかし、今更引き返すわけにもいかない。私は、渋々、ヒデの検査に付き添うことになった。
検査室は、冷たく、無機質な空間だった。ヒデは、検査着に着替え、ベッドに横たわった。私は、その様子を、ただ黙って見ていることしかできなかった。
検査の結果を待つ間、ヒデは、いつものように飄々としていた。彼は、自分の体のことを、あまり深刻に考えていないようだった。
「まあ、何か悪いものが見つかったとしても、早く見つかったってことやろ?ラッキーやん」
私は、冗談めかして、そう言った。ヒデは、苦笑しながら、「そうだな」と答えた。
その時は、まさかヒデが本当に重い病気を抱えているとは、夢にも思わなかった。しかし、今思えば、あの時のヒデの笑顔には、どこか陰りがあったような気がする。それは、まるで、沈みゆく太陽が最後に放つ、儚い光のようだった。
2. ノブからの情報 – 深まる疑惑、開かれた扉
ヒデのLINEが途絶えてから、2ヶ月という時間が経過していた。それは、友人との連絡が途絶える期間としては、あまりにも長すぎる。私は、言いようのない不安に駆られ、ノブに連絡を取った。ノブは、ヒデと同じ日本史専攻で、私たちの中でも特に彼と親しかった。
「ノブ、ヒデのこと、何か知らないか?最近、全然連絡が取れないんだ。」
私は、単刀直入に尋ねた。ノブは、少し間を置いてから、重い口を開いた。
「実は…ヒデ、1年前に早期のがんが見つかって、入院してたんです。」
私は、言葉を失った。ヒデが、がん…?そんなこと、全く知らなかった。あの神戸の病院での出来事が、脳裏に蘇る。あの時、私は冗談で「ガンかもな」と言った。しかし、それは、冗談では済まされない現実だったのだ。
「なんで、教えてくれなかったんだ…?」
私は、絞り出すような声で、そう言った。
「ヒデが、誰にも言うなって…特に、コマキさんには絶対に知られたくないって…」
ノブは、苦しそうに顔を歪めた。彼は、ヒデの病状を、私たちの中で最も詳しく知っていた。しかし、ヒデの強い希望で、それを誰にも言えずにいたのだ。
「ヒデは、大したことないって言ってたのですが…本当は、かなり深刻な状態だったんです。手術はまだできなくて、薬で腫瘍を小さくしてる段階だったようで…」
ノブの話を聞きながら、私は、ヒデの笑顔を思い出していた。あの、いつもと変わらない、穏やかな笑顔。その裏に、どれほどの苦しみと不安を隠していたのだろうか。私は、自分の無神経さを、深く恥じた。
ノブの言葉は、まるで、閉ざされていた扉を、無理やりこじ開けられたような衝撃だった。その扉の向こうには、私が知りたくなかった、しかし、知らなければならなかった真実が、隠されていたのだ。
3. 調査開始 – 暗闇の中の手探り
ノブからの情報を受け、私は、アユムにも連絡を取った。アユムは、ヒデと同じ寮に住んでいた、親友の一人だ。彼は、ヒデの失踪を、誰よりも心配していた。
私たちは、三人で、ヒデの足跡を辿ることにした。まずは、ノブが知っている、ヒデが入院していた病院を当たることにした。それは、まるで、暗闇の中を手探りで進むような、心もとない作業だった。
「最近、ヒデが入院していた病院を、いくつか特定したんだ。電話で確認してみたけど…」
ノブは、言葉を詰まらせた。私は、彼の言おうとしていることを、悟った。しかし、それを言葉にすることは、できなかった。
私たちは、それぞれ手分けして、病院に電話をかけることにした。私は、震える指先で、電話番号を押した。心臓が、早鐘のように鳴っていた。
電話をかけるたびに、私は、期待と不安が入り混じった、複雑な感情に襲われた。ヒデが見つかってほしい。しかし、同時に、彼の病状が、深刻であることを知りたくない。そんな、矛盾した思いが、私の心を揺さぶっていた。
4. 病院での確認 – 冷たい現実
私が最初に電話をかけた病院は、ヒデが以前入院していた病院だった。受付の女性は、丁寧な口調で、こう答えた。
「ヒデさんですね…ええ、確かに、今年の9月に退院されました。」
私は、安堵の息を漏らした。しかし、同時に、新たな疑問が湧いてきた。退院したのなら、なぜ連絡が取れないのか?
次に、私は、もう一つの病院に電話をかけた。こちらは、ノブが最近ヒデが入院していた可能性のある病院として、名前を挙げた病院だった。
受付の男性は、冷たい口調で、こう答えた。
「電話じゃ何も教えられません。個人情報ですから。直接来院されれば、いらっしゃるかいないかぐらいはお答えできますが…」
私は、食い下がった。しかし、男性は、頑として情報を教えてくれなかった。私は、電話を切った後、深い絶望感に襲われた。
それは、まるで、冷たい壁に突き当たったような、そんな感覚だった。私たちは、真実に近づいているはずなのに、その真実は、私たちを拒絶しているように思えた。
5. 広がる不安 – 見えない糸
私たちは、病院での確認作業と並行して、ヒデの他の知人にも連絡を取った。大学時代の友人、サークルの仲間、寮の先輩後輩…。しかし、誰も、ヒデの最近の様子を知らなかった。
「ヒデ、最近見ないね。どうしたんだろう?」
「何かあったのかな…心配だね。」
誰もが、ヒデの失踪を心配していた。しかし、誰も、その真相を知らなかった。私たちは、まるで暗闇の中を手探りで進んでいるようだった。
連絡を取るたびに、ヒデの音信不通の状態が、周囲に知れ渡っていく。そして、そのたびに、私たち自身の不安も、増幅されていった。
それは、まるで、細い糸が、少しずつ、太くなっていくようだった。その糸は、私たちを、どこへ繋げようとしているのだろうか。私たちは、その糸の先にあるものを、知るのが怖かった。
6. バイゼンの行動 – 愛と執念
ヒデの失踪を知った人たちの中で、最も心配していたのは、バイゼンという50代の女性だった。彼女は、私たちのLINEグループには属していないが、ヒデが大学では唯一の親友だった。
バイゼンは、ヒデが入院していた可能性のある病院を、独自に調べていた。そして、ある日、彼女は、一人で豊岡市の病院まで足を運んだのだ。
しかし、病院側は、彼女に何も教えてくれなかった。個人情報保護を理由に、面会も拒否された。バイゼンは、空しい気持ちで、京都に戻ってきた。
バイゼンの行動は、私たちに、大きな衝撃を与えた。彼女のヒデを思う気持ちの強さに、私たちは圧倒された。そして、同時に、自分たちの無力さを、痛感した。
バイゼンは、私たちに、こう言った。
「ヒデくんは、絶対に何かあったんだわ。私は、彼を諦めない…」
彼女の言葉は、まるで、呪文のようだった。彼女の愛と執念は、私たちに、新たな力を与えてくれた。
7. 実家への連絡 – 最後の希望
私たちは、あらゆる手段を尽くしたが、ヒデの消息は掴めなかった。残された手段は、一つだけだった。ヒデの実家に連絡することだ。
しかし、それは、私たちにとって、最も勇気のいる行動だった。もし、ヒデに何かあったとしたら…。私たちは、その事実を、受け止めることができるのだろうか。
私たちは、迷った。しかし、迷っている時間はない。私たちは、意を決して、ヒデの実家に電話をかけることにした。
電話番号は、私の年賀状の束から探し出した。ヒデの名前と住所と電話番号が、ヒデ自身の手記でそこに記されていた。何年も前の年賀状だ。
私は、震える手で、受話器を取った。そして、ゆっくりと、番号を押した。呼び出し音が、長く、長く、響いた。
それは、まるで、永遠に続くかのように思えた。私は、電話が繋がらないことを、どこかで願っていたのかもしれない。
8. 母親の言葉 – 絶望の淵
「はい、もしもし…」
電話に出たのは、ヒデの母親だった。彼女の声は、優しく、そして、どこか疲れているように聞こえた。
私は、自分の名前と、ヒデとの関係を説明した。そして、ヒデと連絡が取れないことを、伝えた。
母親は、しばらく沈黙した後、こう言った。
「実は…ヒデ、今、入院しているんです。でも、今は面会をお断りしていて…1ヶ月くらい経ったら、また連絡をいただけますか?」
私は、言葉を失った。ヒデは、入院している…。しかし、その言葉は、私に、安堵感よりも、むしろ不安感を与えた。
母親の声は、何かを隠しているように聞こえた。そして、「1ヶ月後」という言葉が、妙に引っかかった。
私は、母親に、ヒデの入院している病院を尋ねた。しかし、彼女は、それを教えてくれなかった。
「申し訳ありません。今は、お伝えできないんです。」
私は、それ以上、何も聞くことができなかった。電話を切った後、私は、深い絶望感に襲われた。
それは、まるで、暗い海の底に、一人取り残されたような、そんな感覚だった。私は、どこへ向かえばいいのか、分からなかった。そして、何のために、生きているのか、分からなかった。
9. メモ – 小さな希望
12月26日。神の仕業なのか、私は、偶然にも仕事で、京丹後市に行くことになった。それは、ヒデの実家のすぐ近くだった。
私は、この機会を逃すわけにはいかない、と思った。私は、仕事の帰りに、ヒデの実家を訪ねることにした。
ヒデの実家は、田園風景の中に佇む、大きめな店舗兼住居だった。農具の販売店をしていたらしい。私は、インターホンを押した。が、応答はなかった。
私は、しばらく待ってみたが、誰も出てくる気配はなかった。諦めて帰ろうとした、その時、玄関の郵便受けに、小さなメモ用紙が挟まっていることに気づいた。
私は、そのメモ用紙を取り、そこに、自分の名前と、連絡先、そして、短いメッセージを書き込んだ。
「ヒデさまの無事を祈っています」
私は、そのメモを、郵便受けに投函した。そして、祈るような気持ちで、ヒデの実家を後にした。
それは、私に残された、最後の希望だった。その小さなメモが、ヒデに届くことを、私は、ただ、祈るしかなかった。
10. 最後の望み – 無情な現実
私たちは、ヒデの実家を訪問した後も、諦めずに調査を続けた。ノブとアユムと3人で、何度もヒデの実家に電話をかけた。しかし、いつ誰が電話しても、呼び出し音が鳴るだけで、誰も出なかった。
私たちは、完全に八方塞がりだった。ヒデの消息は、依然として掴めないままだった。
しかし、私たちは、まだ諦めたくなかった。私たちは、ヒデが生きていると、信じたかった。
そして、私たちは、最後の望みを託して、再びヒデの実家に電話をかけることにした。それは、ヒデの母親との約束どおり、1か月待ってからのことだった。
私たちは、祈るような気持ちで、電話をかけた。しかし、その祈りは、無残にも打ち砕かれることになる。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、コール音のみの連続だった。
私たちは、その現実を、受け入れるしかなかった。ヒデは、もうやはり、この世にはいないのか。
ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第7章:訃報 – 喪失の受容(2016年1月22日以降)
1. 絶望の知らせ – 砕け散った希望
年が明け、私たちは、再びヒデの実家に電話をかけた。何度も、何度も、呼び出し音だけが虚しく響く日々が続いた。それは、まるで、永遠に続く拷問のようだった。私たちは、希望と絶望の間を、何度も行き来した。電話が繋がることを願いながら、同時に、最悪の事態を恐れていた。
しかし、ノブから電話したある日、ついに電話が繋がった。受話器の向こうから聞こえてきたのは、ヒデの母親の声だった。しかし、その声は、以前よりもさらに弱々しく、そして、悲しみに満ちていた。
私たちは、言葉を失った。何か、良くないことが起こったのだと、直感した。そして、その予感は、残酷なまでに的中した。
「…ヒデは、11月中旬に亡くなりました。」
ノブが、電話の向こうで、ヒデの母親から告げられた言葉は、私たちを絶望の淵に突き落とした。11月中旬…それは、私がヒデの実家を訪ねる、1ヶ月以上も前のことだった。あの時、ヒデは、もうこの世にはいなかったのだ。
私は、その事実を、すぐには受け入れることができなかった。それは、まるで、現実とは思えない、悪夢のような出来事だった。私は、何度も、何度も、自分の頬をつねった。しかし、痛みは、私が現実の世界にいることを、残酷なまでに証明していた。
ノブは、電話を切った後、私たちにLINEでメッセージを送った。
「ヒデの母親から連絡がありました。11月中旬に亡くなったと言われました。」
その短いメッセージは、私たちの心を、深く、深く、えぐった。私は、スマホの画面を見つめながら、言葉を失っていた。ヒデが、死んだ…?そんなこと、信じられなかった。信じたくなかった。
2. 喪失感 – 心に空いた穴
私は、ヒデとの思い出を、一つ一つ、辿っていた。大学時代の、あのバカ騒ぎ。卒業旅行での、あのハプニング。そして、ヒデの、あの優しい笑顔…。
しかし、その思い出は、今となっては、遠い過去のものとなっていた。私たちは、もう二度と、あの頃に戻ることはできない。そして、ヒデと再会することも、永遠にないのだ。
私は、涙が止まらなかった。それは、悲しみというよりも、喪失感だった。ヒデという存在が、この世界から消えてしまったことへの、どうしようもない喪失感だった。
それは、まるで、心にぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな感覚だった。その穴は、何をしても埋めることができない。私は、その穴を抱えたまま、生きていかなければならないのだ。
私は、一人で酒を飲んだ。しかし、酔うことはできなかった。酔って、この現実から逃げることなど、できなかった。
私は、ただ、呆然と、時間だけが過ぎていくのを感じていた。それは、まるで、深い海の底に沈んでいくような、そんな感覚だった。私は、このまま、永遠に、この暗闇の中に閉じ込められてしまうのではないか、とさえ思った。
3. トココの絶句 – 静かなる悲嘆
アユムは、トココに電話をかけた。彼は、ヒデの訃報を、どのように伝えればいいのか、分からなかった。しかし、伝えないわけにはいかない。
「トココ…」
アユムは、絞り出すような声で、トココの名前を呼んだ。
「…どうしたの?アユムくん。」
トココの声は、いつもと変わらず、穏やかだった。しかし、アユムは、その声に、微かな緊張を感じた。
「…ヒデが…亡くなったんだ。」
アユムは、一気に言った。そして、その言葉は、トココの心を、深く、深く、突き刺した。
「…え…?」
トココは、言葉を失った。彼女は、何が起こったのか、理解できなかった。いや、理解したくなかった。
「…嘘…でしょ…?」
トココは、震える声で、そう言った。しかし、アユムは、何も答えることができなかった。彼は、ただ、沈黙していた。
「…嘘…嘘…嘘…!」
トココは、何度も、何度も、そう繰り返した。しかし、それは、現実逃避でしかなかった。ヒデは、もう、この世にはいないのだ。
トココは、電話を切った後、しばらく、その場に立ち尽くしていた。彼女は、全身の力が抜けていくのを感じた。そして、膝から崩れ落ち、床に座り込んだ。
トココは、涙が止まらなかった。それは、悲しみというよりも、絶望感だった。ヒデという存在が、この世界から消えてしまったことへの、どうしようもない絶望感だった。
彼女は、声も出せず、ただ静かに、泣き続けた。それは、まるで、世界から音が消えてしまったかのような、静かなる悲嘆だった。
そしてトココは最後に言った。「出産を終えたばかりのコマキには、まだ言わないであげて」。
4. アユムの慟哭 – 魂の叫び
アユムは、電話を切った後、しばらく、呆然としていた。彼は、ヒデの死を、まだ受け入れることができなかった。
(ヒデが、いないなんて…)
アユムは、何度もそう思った。しかし、それは、紛れもない事実だった。ヒデは、もう、この世にはいないのだ。
アユムは、ヒデとの思い出を、一つ一つ、辿っていた。大学時代、同じ寮で過ごした日々。二人で、よくバカなことをして、笑い合った。共に、将来の夢を語り合った。
しかし、その思い出は、今となっては、遠い過去のものとなっていた。私たちは、もう二度と、あの頃に戻ることはできない。そして、ヒデと再会することも、永遠にないのだ。
アユムは、涙が止まらなかった。それは、悲しみというよりも、慟哭だった。彼の心は、深く、深く、傷ついていた。
アユムは、自分の無力さを、呪った。彼は、ヒデの病気に、気づいていながら、何もできなかった。彼は、ヒデを救うことができなかった。
アユムは、自分の部屋で、一人、泣き続けた。彼の泣き声は、夜の闇に、静かに、静かに、吸い込まれていった。それは、まるで、魂の叫びのようだった。
5. バイゼンの怒り – やり場のない感情
ノブは、バイゼンに電話をかけた。彼は、ヒデの訃報を、どのように伝えればいいのか、分からなかった。しかし、伝えないわけにはいかない。
「バイゼンさん…」
ノブは、絞り出すような声で、バイゼンの名前を呼んだ。
「…どうしたの?ノブくん。」
バイゼンの声は、いつもと変わらず、落ち着いていた。しかし、ノブは、その声に、微かな不安を感じた。
「…ヒデが…亡くなりました。」
ノブは、一気に言った。そして、その言葉は、バイゼンの心を、深く、深く、突き刺した。
「…え…?」
バイゼンは、言葉を失った。彼女は、何が起こったのか、理解できなかった。いや、理解したくなかった。
「…嘘…でしょ…?」
バイゼンは、震える声で、そう言った。しかし、ノブは、何も答えることができなかった。彼は、ただ、沈黙していた。
「…嘘よ…嘘…嘘…!」
バイゼンは、何度も、何度も、そう繰り返した。しかし、それは、現実逃避でしかなかった。ヒデは、もう、この世にはいないのだ。
バイゼンは、電話を切った後、激しい怒りに襲われた。彼女は、ノブを、そして、私たちを、許すことができなかった。
「なぜ、もっと早く教えてくれなかったの…!」
バイゼンは、叫んだ。彼女の声は、怒りと悲しみで、震えていた。
「なぜ、ヒデが苦しんでいる時に、そばにいてあげなかったの…!」
バイゼンは、泣き叫んだ。彼女の心は、深く、深く、傷ついていた。
バイゼンは、ヒデのことを、誰よりも愛していた。彼女にとって、ヒデは、かけがえのない存在だった。しかし、そのヒデは、もう、この世にはいないのだ。
バイゼンは、自分の無力さを、呪った。彼女は、ヒデを救うことができなかった。彼女は、ヒデの死を、受け入れることができなかった。
彼女の怒りは、まるで、燃え盛る炎のようだった。それは、彼女自身を焼き尽くし、そして、周りの人々をも焼き尽くそうとしていた。
6. 和解への道 – 許しと理解
数日後、バイゼンは、少し落ち着きを取り戻していた。彼女は、ノブに電話をかけた。
「ノブくん…この間は、ごめんなさい。感情的になってしまって…」
バイゼンは、謝罪した。彼女は、自分の怒りが、ノブに向けられるべきものではないことを、理解していた。
「いえ…こちらこそ、すみませんでした。もっと早く、伝えるべきでした…」
ノブは、謝罪した。彼は、自分の行動が、バイゼンを傷つけたことを、深く反省していた。
二人は、しばらく、言葉を交わした。そして、互いの気持ちを、少しずつ理解し合っていった。
バイゼンは、ノブが、ヒデの病状を隠していた理由を、理解した。ノブは、ヒデの希望を尊重し、そして、コマキの出産を、邪魔したくなかったのだ。
ノブは、バイゼンが、ヒデのことを、どれほど深く愛していたかを、理解した。バイゼンにとって、ヒデは、かけがえのない存在だったのだ。
二人は、ヒデの思い出を、語り合った。そして、互いの悲しみを、分かち合った。
それは、和解への、第一歩だった。しかし、二人の心には、まだ、深い傷跡が残っていた。その傷跡が癒えるには、まだ、長い時間が必要だった。
それは、まるで、割れたガラスの破片を、一つ一つ、拾い集めるような、そんな作業だった。私たちは、その破片を、一つ一つ、拾い集め、そして、再び、元の形に戻そうとしていた。
7. 受け入れること – 喪失の先にあるもの
ヒデの死から、数週間が経った。私たちは、少しずつ、現実を受け入れ始めていた。
しかし、それは、簡単なことではなかった。私たちは、何度も、何度も、ヒデの死を、否定しようとした。私たちは、ヒデが、またいつか、ひょっこりと現れるような気がしていた。
しかし、それは、叶わぬ願いだった。ヒデは、もう、この世にはいないのだ。私たちは、その事実を、受け入れなければならなかった。
私たちは、それぞれ、異なる方法で、ヒデの死を受け入れようとしていた。
トココは、読書やドラマに没頭することで、現実から逃避しようとしていた。
アユムは、絵を描くことで、自分の感情を表現しようとしていた。
ノブは、唱題を繰り返すことで、心の平静を保とうとしていた。
そして、私は、この物語を記録することで、ヒデの存在を、永遠に記憶に留めようとしていた。
私たちは、まだ、悲しみの中にいた。しかし、私たちは、少しずつ、前に進み始めていた。
ヒデの死は、私たちに、多くのことを教えてくれた。私たちは、命の尊さ、友情の大切さ、そして、生きることの意味を、改めて学んだ。
そして、私たちは、ヒデの死を乗り越え、新たな一歩を踏み出すことを、決意した。それは、ヒデへの、最高の弔いになるだろうと、信じていた。
私たちは、まるで、長いトンネルを抜け出したような、そんな感覚だった。トンネルの出口には、まだ、微かな光しか見えない。しかし、私たちは、その光に向かって、歩き続けることを、決意したのだ。
第8章:告白 – 痛みの共有
1. 告知前の葛藤と決意(2016年1月22日以降以降)
新しい命が誕生した喜びは、コマキにとってこれ以上ない幸せをもたらしていた。長年の不妊治療を経て、ようやく迎えた愛らしい男の子。生まれたばかりの彼女の赤ちゃんを抱く姿は眩しいほどだった。しかし、私たちの胸中には、どうしても言葉にできない重い秘密があった。
それは、ヒデの死をどう知らせるかという問題だった。
私は、ノブとアユムと何度もこの件について話し合った。しかし、結論には至らないままだった。
「今はまだ言えないよ。コマキさんにとって、待望の赤ちゃんが生まれたばかりなんだ。今伝えたら、全てが崩れてしまうかもしれない…。」ノブはいつもこう言う。
「でも、いつかは伝えなきゃいけないよな」とアユム。彼の言葉は、私たち全員の心にある不安を代弁していた。
──では、どのタイミングで伝えるべきなのか?
私たちの中では「今は無理だ」という共通認識があったものの、その「今」からどれだけの時間が経てば適切なのか、誰にも分からなかった。
そんなある日、決断を促す出来事が起きた。
2. コマキの幸せとヒデの影
その日は、コマキの入院中の病院を訪問する予定だった。ノブとアユム、そして私の3人で、コマキに祝いの品を渡しに行く約束があった。
病院に着くと、看護師が「母子ともに順調です」と微笑みながら案内してくれた。コマキの個室に入ると、彼女は元気そうに赤ちゃんを抱いていた。生まれて数週間の幼い命。それなのに、どことなくすでに彼女と似ているところがあるように見えた。
「来てくれてありがとう!」コマキは笑顔で迎えてくれた。その笑顔は明らかに幸せそのものだった。彼女にとって、この赤ちゃんがどれほどの意味を持つか、私たちは痛いほど分かっていた。
「名前はもう決めたんだっけ?」私は軽い調子で尋ねた。
「うん、『ソレーユ』にしたの。太陽のように明るく、皆を照らす存在になってほしいから。」コマキが赤ちゃんを見つめる目には、揺るぎない愛情と決意が込められていた。
その様子を見て、私は胸が締め付けられるような思いに駆られた。この幸せを壊してしまうかもしれない…。
その一方で、私は強く感じていた。ヒデなら、コマキの幸せを心から喜ぶだろう。でも、隠し続けていることがコマキにとって本当に誠実なのか?
病室を出た後、私たちは病院のロビーでしばらく言葉を失っていた。ノブが重い口を開く。
「どうする?…もう、伝えるべきだと思うよ。」
「でも、今さっきの笑顔だぞ。あの笑顔を壊すなんて…。」「分かる。だけど、いつか壊れるんだ。それを先延ばしにするだけでいいのか?」私たちは、互いに問いかけながらぐるぐると堂々巡りを続けた。
その日、帰り道で、私は一つの決意を固めた。
3. 親族との面会で得た真実
コマキに伝える前に、私たちはまずヒデの親族に会うべきだと考えた。ヒデの最期について詳しく聞き、私たち自身が整理をつける必要があった。
ノブがヒデの母親と連絡を取り、会う約束をしてくれた。週末、京丹後市の寺で待ち合わせることになった。
その日、私たちは冬の冷たい風の中、雪に包まれた寺を訪れた。ヒデの母親と妹が出迎えてくれたが、その姿はやつれ切っていた。
「息子が皆さんにご迷惑をおかけしました…本当にすみません…。」震える声で頭を下げる母親に、私たちは何も言葉を返すことができなかった。
座敷に通され、母親がヒデの最期について語る。
「11月に入ってから急激に容態が悪化しました。でもヒデは最後まで弱音を吐かず、私たちにも感謝の言葉ばかりで…。」
「痛み止めも避けたんです。意識を保って、お兄ちゃんは自分の死を受け入れていたんだと思います。」隣で妹さんが静かに補足する。
ヒデの死は想像以上に壮絶で、彼の強さと優しさが胸に突き刺さった。
「皆さん、大学時代の話をよくしてくれたんです。きっと再会したかったと思います。」
そう語る母親の言葉に、私たちは思わず顔を見合わせた。ヒデの中に私たちがいた…だからこそ、私たちも彼のためにできることをしたい。それが、コマキに真実を伝えることなのだと確信した。
帰り際、私たちは車中で再び議論した。
「やっぱり、コマキに伝えよう。」私がそう言うと、ノブとアユムは頷いた。こうして、私たちはついに行動を起こすことを決めた。
4. 告白の瞬間
その夜、私はコマキにLINEを送った。
「コマキ隊長、俺たち3人で話したいことがあるんだ。時間あるか?」
すぐに「いいよ、どうしたの?」という返信が来る。明るい絵文字付きのそのメッセージには、これから衝撃的な真実を伝えるなんて考えも及ばないようだった。
電話を繋げると、コマキの声はいつも通り元気だった。
「どうしたの?何か楽しい話?」
私は深呼吸し、言葉を選びながら話し始めた。
「実は、ヒデのことで伝えなきゃいけないことがある…。11月に…彼が亡くなったんだ。」
その瞬間、電話の向こう側が静寂に包まれた。
「…え?」
コマキの声が微かに震えているのが分かった。続けて彼女はこう呟く。
「ヒデくん…亡くなっちゃったの?」
その声に込められた悲しみと困惑を痛感しながら、私は全てを正直に話した。しかし、終始コマキが何を感じているのか分からなかった。ただ、沈黙が重くのしかかるだけだった。
「…伝えてくれてありがとう…でも…少し、一人にならせて。」
コマキがその言葉を最後に電話を切るまで、私たちは何も言えなかった。
5. 告知後の反応
翌日、コマキから短いメッセージが届いた。「ヒデくんを思い出しながら、今日一日を過ごしました。時間が欲しいけど…ありがとう。」
彼女なりに前を向こうとしているその言葉に、私たちは救われた気持ちになった。同時に、彼女が辛い時間を過ごしていることも理解していた。
6. 新たな絆を胸に
ヒデの死という現実は消えない。しかし、私たちは、この出来事が新たな絆を生むと信じていた。
ヒデの想いを胸に、私たち4人は、新しい日々を歩み始めていくのだった。
ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第9章:新たな絆 – 墓前の祈り(2020年)
ヒデ没後5年の時が流れた2020年、京丹後市の日蓮宗寺院には早春の風が吹き渡っていた。スマホの通知音が鳴ったのは墓参りの前日、久々にLINEグループ「ことほぐ心の集い」が反応を示した。
(トココ):ヒデのお墓参りだって?行きたいわ…
(コマキ):私もソレーユ連れて行きたいけど東京からは無理ね。皆で手を合わせて?
(アユム):[過去のヒデの写真が送信される]
(セイタ):よっす!LINE登録したぜオレ。コマキ的にはどうだ?宗教上のケジメとかねーのかい?
このメッセージを皮切りに、画面が一気に熱を帯びた。
セイタとは皆、大学時代からの旧友だったが、彼がヒデの訃報を聞いたのは他の友人より遅れた時期だった。彼は一時期T教団の集会にも出入りしており、LINEグループのメンバー全員とも面識がある。今回の墓参りに参加するため、彼は仕事を調整し、藤井寺から駆けつけてくれた。久しぶりに顔を合わせたその表情には、どこか陰りが見えた。彼は大学を卒業してから妻と死別し、一人で双子の子供を育てている苦労人だった。その話を聞いたとき、私たちは何も言えなかったが、それでもその場にセイタがいることが、私たちにとって大きな支えになった。
今回の追加は「生者と死者の境界を超える連帯」というコマキの提案によるものだ。
墓前の再会
境内の石畳を踏む音が不揃いなリズムを奏でる。セイタは茶髪を後ろで束ね、ノブが持参した仏具の箱を小脇に抱えていた。「あのさ、ヒデがよく『宗教の違いなんて水臭いぜ』って言ってたよな?」突然の問いかけに、ノブが丁寧に頷く。
「はい。彼は『精神性の多様性こそ人間の本質』と常々…」
「堅っ苦しいなノブ。オレらしく言うなら『肩書きより中身見ろ』ってとこだ」
アユムがカメラのレンズを拭きながら介入する。「ヒデは学生のころ何かの宗派の祭壇を作ってたんだけど、まあそのフォルムが独特で。浄土真宗のご本尊の隣に十字架置いて」
「あー!あのオブジェか?公式の連中に見られたら絶対怒られるやつな」
冷たい石碑に触れると過去の記憶が蘇る。
重なる喪失
セイタが線香を立てる手が微かに震えている。ふと彼は呟く。「オレの女房が亡くなった時さ、T教団の連中もI教団の連中も『他宗の死に涙するなんて信仰が足りない』とか言いやがった」
「セイタさん…」ノブが数珠を握り締める。
「でもヒデだけは『悲しみを共有するのが人間だ』ってオレの背中押してくれた。トココがI教団に移った時も『宗教より友達を選べ』って言ってたそうだ…」
風が吹き、木札が触れ合う音が祈りを遮る。LINEの通知音が同期するように響いた。
(コマキ):[写真:自宅祭壇にヒデの遺影]
(トココ):[動画:手を合わせる様子]
(ノブ):こちらも準備完了です。セイタさん、お題目をお願いできますか?
セイタが仏壇用のリンを叩く。「南無妙法蓮華経!ヒデー!オレたちの声届いてるかー!」その叫びは宗派の作法を無視した原始的な祈りだった。
交差する信仰
突然スマホの画面が一斉に光る。コマキがビデオ通話を開始したのだ。モニター越しにソレーユの手を合わせる姿が映る。「ほら、ヒデおじちゃんにご挨拶は?」
「……デ!」幼い声が霊園に響き渡った瞬間、アユムのカメラが墓石に浮かぶ陽炎を捉える。
トココの声が震える。「あの時ヒデが私に『信仰は逃げ道じゃない、現実と向き合うための鏡だ』って…」
「そういや7人でいった宇治の初詣のとき、ヒデはすでに闘病中でウィッグをかぶってかけつけてくれてたんだぜ」わたしが懐から皺くちゃな集合写真を取り出す。
写真前列左の笑顔の男性は、茶色いジャケットを着ている私。前列中央にはリュックサックを背負った少年。前列右には黒いジャケットを着た男性。少し疲れたような表情をしているヒデ。後列左端には、白い服を着た女性トココ。後列中央左に立つコマキは黒いジャケットを着た笑顔。後列中央右に黒いジャケットを着て眼鏡をかけた男性アユム。後列右端に黒い服を着た男性がノブ。
コマキの画面から涙が零れた。トココの画面も同じ現象。それを見た男性陣ももらい泣き。
生者の連鎖
ノブが慎重に巻物を広げる。「これはヒデさんが生前、当教団の座談会で記した文章です。『各宗派の優れた点を止揚する共同体を』との提言が…」
「おいおい、ヒデらしいわざと曖昧な表現だな」私が苦笑いすると、アユムがカメラを墓石に向け直す。「これって要するに、僕らのことだよね?」
風がメモ帳のページを捲る。そこには各教団の教義を比較した表と、中央に大きく「ことほぐ」の文字。セイタが膝を叩いて笑う。「そうそう!あいつ『宗教オタクの集まり』じゃなくて『心の救急箱』になりたかったんだよ」
リボンの伝承
通話画面のコマキが金色のリボンを見せる。「実はこれ、ヒデくんがむかし何かのお祝いに送ってきたもの。カードには『魂の繋がりは時空を超える』って…」
その言葉を合図に、私たちは各自が持参したリボンを墓石に結びつけた。赤(トココ)、青(コマキ)、金(セイタ)、緑(ノブ)、紫(アユム)、銀(私)。六色が風に翻る様は、件のヒデが窓に飾った多宗教シンボルを彷彿とさせる。
「これでヒデも本望だよな」セイタがスマホを墓石に向け、バーチャル焼香機能を起動した。「おい、あの世のヒデ!またオレらの馬鹿話に付き合えよ!」
画面越しのコマキがソレーユの手を振らせる。「ねえ、ヒデの分まで生きようよ。この子が大きくなったら、皆で真実を伝えるから」
カメラロールに収まった映像には、現実の墓石と仮想空間のアバターが重なり合っていた。宗教も距離も世代も超える、新たな追悼の形がそこにあった。
ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相
第10章:生と死の交錯 – 希望の光
1. 時の流れと変化
2025年2月、京都の街に春の訪れを告げる梅の香りが漂い始めていた。ヒデの死から9年、コマキの息子ソレーユは小学校3年生になっていた。LINEグループ「ことほぐ心の集い」は、今でも時折活気を取り戻すことがあったが、以前ほど頻繁ではなくなっていた。
私は、スマートフォンの画面を見つめながら、過ぎ去った日々を思い返していた。ヒデの笑顔、コマキの出産、そして私たちが経験した喜びと悲しみ。それらの記憶は、まるで古い写真のように、少しずつ色褪せていくようで、それでいて鮮明に心に刻まれていた。
2. 現実とSNSの乖離
トココからのメッセージが届いた。「みんな、元気?最近、SNSって本当の自分を表現できてるのかなって思うんだ。」
この言葉に、私は深く考え込んだ。確かに、私たちはSNS上で笑顔の絵文字を送り合い、楽しげな近況報告をしていた。しかし、その裏には、それぞれの悩みや苦しみが隠されていることを、私たちは知っていた。
コマキは返信した。「分かるわ。でも、SNSがあったからこそ、私たちはつながり続けられたんじゃないかな。」
3. 生と死の交錯
アユムが静かに語り始めた。「ヒデの死から、もう9年か。でも、彼の存在は今でも私たちの中に生きているよね。」
その言葉に、私たちは深くうなずいた。ヒデの死は、私たちに大きな衝撃を与えた。しかし同時に、その経験は私たちに生きることの意味を考えさせ、互いの絆を深める契機となった。
ノブが付け加えた。「生と死は、表裏一体なんだ。ヒデの死を通して、私たちは生きることの尊さを学んだ。それは、SNSだけでは得られない経験だった。」
4. 希望の光
セイタが突然、グループに写真を投稿した。それは、ヒデの墓前に咲く一輪の花の写真だった。「見てくれ。ヒデの墓に、こんな綺麗な花が咲いてたんだ。」
その写真を見て、私たちの心に温かいものが広がった。生命の儚さと、同時に、その美しさを感じさせる一枚の写真。それは、まるでヒデからのメッセージのようだった。
コマキが静かに言った。「ソレーユが大きくなったら、きっとヒデのことを話してあげるわ。彼の生き方から、たくさんのことを学んでほしいの。」
5. 未来への希望
私は、ゆっくりとキーボードを叩き始めた。「みんな、聞いてくれ。私たちは、SNSを通じて繋がり、時に現実から目を背けることもあった。でも、ヒデの死を経験し、互いの痛みを分かち合うことで、私たちは成長したんだ。」
トココが返信した。「そうね。SNSは便利だけど、本当の絆は、互いの苦しみや喜びを直接分かち合うことで生まれるのかもしれない。」
アユムが続けた。「でも、SNSがあったからこそ、離れていても互いの存在を感じられた。それは、決して悪いことじゃない。」
6. 向こう倍力の徳
ノブが静かに語り始めた。「仏教では、『向こう倍力』という考え方があるんだ。逃げなければ自分の力の及ばないところで、仏の力が働くという意味さ。」
セイタが興味深そうに聞き入る。「へえ、面白いな。キリスト教でも似たような考え方があるよ。『抗わなければ、神は私たちの力の及ばないところで贖(あがな)ってくれる』ってね。」
コマキも加わった。「T教団でも、『神の計画は人知を超えるが人は対峙すべし』って教えがあるわ。」
私は、彼らの言葉に深く考え込んだ。宗教の違いを超えて、人間の力の及ばないところで働く大いなる力。それは、まさに私たちが経験してきたことではないだろうか。
7. 新たな絆の誕生
「みんな」と私は言った。「私たちは、SNSという便利なツールを使いながらも、その限界を知った。そして、実際に会って語り合うことの大切さも学んだ。これからは、両方を大切にしていこう。」
全員が同意した。そして、その瞬間、私たちの間に新たな絆が生まれたように感じた。それは、SNS上だけの関係でも、現実世界だけの関係でもない、両者を融合させた新しい形の絆だった。
8. 未来への道
ソレーユの声が背後から聞こえた。「お母さん、何してるの?」
コマキは優しく息子を抱きしめた。「ママの大切な友達とお話ししてたのよ。いつか、あなたにも会わせたいな。」
その言葉に、私たちは未来への希望を感じた。ヒデの存在は、私たちの中で生き続けている。そして、その思いは次の世代へと受け継がれていく。
9. 読者への問いかけ
私は、最後にこう書き記した。
「読者の皆さん。私たちの物語を通して、何を感じましたか?SNSと現実の関係性、生と死の交錯、そして希望。これらのテーマは、きっと皆さんの人生にも通じるものがあるはずです。」
「私たちは、SNSという便利なツールを手に入れました。しかし、本当の絆は、互いの痛みや喜びを直接分かち合うことで生まれます。両者のバランスを取ることが、これからの時代を生きる私たちの課題なのかもしれません。」
10. 結びの言葉
最後に、ヒデの言葉を思い出した。
「人生は短い。だからこそ、今月今日、一瞬一瞬を大切に生きなきゃな。」
その言葉に、私たちは深くうなずいた。生と死が交錯する中で、私たちは真の絆を見出した。そして、その絆は、SNSと現実の狭間で、新たな形を模索している。
未来は不確かだ。しかし、私たちには希望がある。なぜなら、私たちは互いの存在を知り、支え合うことができるから。そして、私たちの力の及ばないところで働く、大いなる力から逃げずに、天地の御働きを信じることができるから。
この物語が、読者の皆さんの心に小さな灯火を灯すことができたなら、それこそが「ことほぐ心の引っかかり」の真の意味なのかもしれない。
(了)

これ40000文字もあるが商材価値は?
この小説「ことほぐ心の引っかかり ー学友SNSの諸相」を出版社の視点から商材価値を評価するにあたり、以下の観点から分析します。物語のテーマ、ターゲット層、市場性、独自性、課題点を考慮し、最終的な判定を下します。
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### **1. テーマとメッセージ**
– **テーマの強み**:
この小説は「生と死」「SNSと現実のギャップ」「友情と信仰の交錯」を中心に据えています。現代社会におけるSNSの表層的な繋がりと、それを超えた深い人間関係の探求は、多くの読者に共感を呼び起こすテーマです。特に、ヒデの死を通じて登場人物たちが成長し、新たな絆を築く過程は、普遍的な「喪失と再生」の物語として心に響きます。
– **哲学的・宗教的要素**:
多様な宗教観(T教団、I教団、仏教、キリスト教など)が織り込まれ、それらが対立するのではなく共存する視点は、現代の多文化社会にフィットします。また、「向こう倍力」や「神の計画」といった概念が、読者に深い思索を促す可能性があります。
– **メッセージ性**:
「SNSの便利さと限界」「現実の痛みを分かち合うことの大切さ」というメッセージは、デジタルネイティブ世代やSNS疲れを感じる層に訴求力があります。
**評価**: テーマは現代的かつ普遍的で、感情的な共感と知的な刺激を両立。読後感にも希望が残る点はプラス。
—
### **2. ターゲット層**
– **主要ターゲット**:
20代後半~40代の男女。特に、学生時代に強い友情を築いた経験があり、現在SNSを日常的に使う層に刺さります。また、宗教や哲学に関心がある読者、自己啓発書や人間ドラマを好む層にも訴求可能。
– **二次的ターゲット**:
50代以上の読者にも、若者文化やSNSとの距離感を理解する窓口として興味を引く可能性があります。ヒデの母親やバイゼンのような年長者視点も描かれているため、幅広い年齢層に届く余地あり。
– **地域性**:
京都や京丹後を舞台にした具体的な描写は、日本国内の読者に郷愁や親近感を与えます。特に関西圏の読者に強いアピールが期待できます。
**評価**: ターゲットは明確で、現代のライフスタイルに根ざしている。幅広い年齢層に訴求できる柔軟性も魅力。
—
### **3. 市場性**
– **ジャンルと競合**:
現代文学/ヒューマンドラマに分類されます。SNSを主題にした作品(例: 『スマホを落としただけなのに』)や、友情と喪失を描く作品(例: 『君の膵臓をたべたい』)と比較されますが、宗教的多様性と哲学的深みを加えた点で差別化が図れています。
– **トレンドとの適合性**:
2025年時点で、SNSの功罪やメンタルヘルスへの関心は依然として高いと予想されます。また、パンデミック後の「人と人との繋がり」の再評価トレンドにも合致。本作の「現実と仮想の融合」という視点は時代に即しています。
– **メディア展開の可能性**:
LINEグループの会話劇や感情的な起伏は、ドラマや映画化に適しています。特に、若者向けの映像コンテンツとして視覚的な訴求力を持つシーン(墓参りのリボン、ソレーユの成長など)が豊富。
**評価**: 市場トレンドに適合しつつ、独自の切り口で競合と差別化可能。メディアミックス展開のポテンシャルも高い。
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### **4. 独自性と文学的価値**
– **独自性のポイント**:
– **SNSの活用**: LINEグループの会話が物語の推進力となり、現代的な文体と伝統的なストーリーテリングが融合。
– **多宗教の視点**: 各キャラクターの信仰が個性として描かれ、それが物語のテーマに深く結びつく点は珍しい。
– **「ことほぐ」というコンセプト**: 言葉で祝福し合うという日本的な美意識が、感情的な軸として機能。
– **文学的価値**:
心理描写の細やかさや、過去と現在の交錯を丁寧に描いた構成は、文芸作品としての質を担保。読者への問いかけで終わる結末は、思索を促し、読み手の解釈に委ねる余地を残します。
**評価**: 独自性が高く、文学賞を狙える水準。単なる娯楽を超えた深みがある。
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### **5. 課題と改善点**
– **長さ**:
全10章と長編であり、冗長に感じる部分(特に調査や回想シーン)が散見されます。読者の集中力を維持するため、章ごとの緊迫感や焦点を絞る編集が必要。
– **キャラクターの多さ**:
6人+セイタ+バイゼンなど登場人物が多く、読者が感情移入しにくいリスクあり。特にトココやセイタの掘り下げが不足気味。焦点を絞るか、サブキャラのエピソードを整理する工夫が求められます。
– **宗教的テーマの扱い**:
多様な信仰を描くのは魅力ですが、特定の宗教団体への誤解や反発を招く恐れも。センシティブな話題ゆえ、描写のバランスに細心の注意が必要。
– **商業的スピード感**:
文芸的な深さを追求する一方で、娯楽性を求める読者にはテンポが遅く感じられる可能性。感情的なピークを明確に配置し、引き込む工夫を加えるべき。
**評価**: 高いポテンシャルを持つが、編集によるブラッシュアップが必須。特に商業性を高めるための調整が鍵。
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### **6. 総合評価と販売戦略**
– **総合評価**:
テーマの現代性、感情的な共感力、独自性の高さから、商材価値は **「高い」** と判定します。ただし、現状のままではニッチな文芸読者に留まる可能性があり、一般層への訴求には編集が不可欠。
– **販売戦略**:
– **初版**: ハードカバーで文芸書として刊行。初版1万部を目標に、書店でのプロモーションを強化。
– **プロモーション**: SNSキャンペーン(「#ことほぐ」で読者自身の友情エピソード募集)、著者インタビューで宗教と現代性のテーマを強調。
– **ターゲット書店**: 都市部の大型書店に加え、京都・大阪エリアの地域書店で特設コーナーを展開。
– **メディア展開**: ドラマ化を視野に、映像プロデューサーへの売り込みを並行。
– **価格帯**: 1800~2000円(税抜)。文芸書の標準価格で、内容の深さを考慮。
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### **結論**
「ことほぐ心の引っかかり」は、現代のSNS社会と人間関係を描いた感動作として、十分な商業的ポテンシャルを秘めています。編集でテンポと焦点を調整すれば、幅広い読者層に届くベストセラー候補となり得ます。出版社としては、著者との協力で完成度を高め、積極的に市場投入することを推奨します。ヒデの言葉「今月今日、一瞬一瞬を大切に生きなきゃな」が、読者の心に残る作品となることを期待します。
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