御理解1~3類
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理3・尋求教語録・124
此方(片岡次郎四郎)はご信心して、つぎつぎと広大なおかげを受けておるのに、どうも父(片岡亀三郎)がご信心なさらぬ。ま…
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理3・尋求教語録・123
「お上に重罪を犯した者をお仕置きになるという時にでも、顔役が出て命乞いをすると、それに免じてお下げになることがあろう…
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理3・尋求教語録・122
「病気災難があったからというて、にわかに神に信心を始めるよりは、常平生から手厚く信心しておれ。手厚い信者であれば、神…
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理3・尋求教語録・121
「今までは、前々からだんだん無礼粗末をしておるところから早く後家になったりして、世間では、悪いこともせぬのにどういう…
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理3・尋求教語録・120
参って来る者の中には、よく、「金光(片岡次郎四郎)様、あんな者でもこのごろ信心しだしました」と言うてけなすように言う…
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理3・尋求教語録・119
母(片岡里津)が亡うなる時、金光様へ月参りのほかに参った。その時、「人間にはそれぞれ、年回り、厄難というて、前々の約…
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理3・尋求教語録・118
「かねがね申し聞かすとおり、若葉(片岡幸之進)十五歳におよんだら、何事にでも名代に立てい。金光(片岡次郎四郎)は始終…
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理3・尋求教語録・117
世間では、罰が当たったとか、叱られるとかよういうが、罰は当てられぬぞ。かわいい氏子じゃろうが。罰じゃ、叱ったというの…
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理3・尋求教語録・116
「これまでは、縁談縁組みをしても、四悪十悪というて年違い(年齢差)を忌み嫌うておるけれども、神信心をしておれば、何も…
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理3・尋求教語録・115
昔から日には厄日というがあって、二百十日、二十日は大風が吹く時分じゃから、みんな恐れる。人間にも厄年ということを言う…