御理解1~3類
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理1・佐藤範雄・11
明治十一二年、二十三四歳ごろ、独身でなくては人を助けることが思い放してできぬと思い、教祖にそれを申しあげると、「此方…
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理1・佐藤範雄・10
ある時、教祖はある信者に、「氏子のうちには神をにわ(土間)の隅にまつっておるぞ。そういうことでおかげを受けられると思…
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理1・佐藤範雄・9
教祖は常に、ご裁伝に教えたまう。「神は氏子に物を頼まぬ。氏子は何なりとも頼め。助けてやる」
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理1・佐藤範雄・8
道が人を立つるにあらず。人が道を立つるなり。教祖のお言葉に、「道は取次の心による」とあり。
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理1・佐藤範雄・7
明治十一年、高屋村の紫屋の主人(鳥井治右衛門)、腸満の願いに参詣せし時に、教祖のたまう。「みなが、もとじゃもとじゃと…
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理1・佐藤範雄・6
戸手村トデムラの倉田大二郎の長男が、「神というものは性根のなきものなり。お祓の詞コトバは幾度読むとも一つことなり。一度読み…
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理1・佐藤範雄・5
ご遺訓内伝地震の時には書物にも人の力にもおよばぬことを悟りみよ。(2)お神酒ご神水をいただきて、体の毒を洗い流せよ。(3)…
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理1・佐藤範雄・4
取次への御戒め信心は改まりが第一じゃ。(2)此方といえども、間違えば、おいとまとなる。(3)飯がこぼれても、こぼれた物は拾…
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理1・佐藤範雄・3
教祖、教えたまう。「おかげを受けましたら何々を奉るという信者の願かけを取次いではならぬ」
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理1・佐藤範雄・2
明治十五年の夏、ある日、教祖ご祈念の時、「このようなことなら足を踏みこまなかったらよかったと、思うことがあったらどう…