御理解1~3類
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理2・片岡次郎四郎・4
はじめごろはご裁伝がはなはだきつかった。平島の人が才崎(片岡次郎四郎の広前)へ来て願うので、取次をしたが、疑って帰っ…
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理2・片岡次郎四郎・3
私は信心する前は、心は直いがかんしゃく持ちで、気性は激しかった。それで、人が曲がったことをすると承知できず、すぐにし…
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理2・片岡次郎四郎・2
はじめて参拝した時、金光様は、「これまでは金神といえば、恐ろしい神様、お叱りになる神様とばかり人は思っているが、神信…
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理2・片岡次郎四郎・1
私(片岡次郎四郎)夫婦に子供が生まれては死に、生まれては死に、一番大きくなったのが四歳で、どうしても育たなかった。こ…
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理2・片岡馬吉・3
普請については、「四方に線香を立て、中にも立てて、お願いせよ」と言われた。..片岡次郎四郎の伝え
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理2・片岡馬吉・2
「お守りをいただかしてください」と願ったところ、「これはお守りと言えばお守りであるが、まあ、あなた方が岡山へ買い物に…
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理2・片岡馬吉・1
「遠路のところをさいさい参るにはおよばない。天地の神はどこにでもおられるから、一心に頼みさえすればおかげは受けられる…
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理2・柏原とく・11
ある時、中庄辺りの名物である西条柿の熟柿を金光様にいただいてもらおうと思って持って行き、お供えをした。翌月お参りした…
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理2・柏原とく・10
明治十一年からお取次を始めて、信者は日増しに参集するようになった。そのころ、栗原村氏神社の神主が来て、拝ませないと言…
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理2・柏原とく・9
明治十一年、金五円を持って金光様のもとに参拝し、「金光様、あなたははじめてご普請ができますとか。これは笹につけて振る…