御理解1~3類
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理2・佐藤範雄・3
私は若い時、学問が好きであった。金光様のお広前に参って書物をお供えすると、金光様はご神前にそれを供えてご祈念くださり…
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理2・佐藤範雄・2
明治十二年のコレラ大流行の年のことであった。この近傍の人が金光様のみもとに参って、「金光様、大阪や岡山辺からは、みな…
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理2・佐藤範雄・1
私が、まだ大工仕事のかたわら人を拝んであげていた明治十一年のことであった。後月郡高屋村の鳥井治右衛門という人が四十代…
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理2・佐藤照・7
金光様は、「子どもにとんすな(落ちるな)とんすなと言うが、とんすなと言う暇に神様に頼む心になっておれ」と仰せられた。.…
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理2・佐藤照・6
長男の一夫が胎内にいた時、金光様のみもとへお参りしたら、「十人なみの子をと言って願え」と教えてくださった。
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理2・佐藤照・5
年は若いし、徳も知恵もない私が、どうしてお広前を勤めさせてもらえるかと思い、心配していたところ、金光様が、「力はなく…
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理2・佐藤照・4
近所の娘たちが裁縫を教えてくれと頼みに来たので、そのことを金光様にお伺いしたら、「縫い物を教えるということはよいこと…
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理2・佐藤照・3
金光様の所へは柏島への行き帰りにお参りさせていただいて、お話を承るのを何よりありがたく思っていた。(2)ある時、「人には…
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理2・佐藤照・2
母(平野登美)の病気がだんだんとよくなっていたのに、また悪くなり、お参りすると、金光様は、「草の種でも、残っていると…
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理2・佐藤照・1
はじめて参拝した時、金光様は、「神には遠い近いはないから、一心に信心すれば、どこにいてもおかげが受けられる。(2)知らず…