御理解1~3類
-
理1・山本定次郎・55
下女下男を使うにも、上手と下手がある。雇い入れれば家族である。第一、主人が上から親切にしてやれば、下が潔く働く。魚を…
-
理1・山本定次郎・54
六根の祓にもあるごとく、「静め静まることをつかさどるべし」というて、一家では主人、家主(一家の主)が、家内を治める司…
-
理1・山本定次郎・53
手習いは坂に車を押すごとく油断をすれば後にもどるぞと昔よりいうておるが、信心する人もよく心得て信心せねばならぬ。信心…
-
理1・山本定次郎・52
お前は信心参りであるか。信心参りは結構である。(2)信心は末の安心が楽しみである。第一、子供が真心でなければ親の安心する…
-
理1・山本定次郎・51
信心する氏子、一日に木綿一反織れる人が、六根の祓にもあるとおりの潔き心持ちで朝より一反半織るつもりになれば、一反半成…
-
理1・山本定次郎・50
人間は万物の霊長であるから、ものを言い、話をする。人が聞き受ける。これ、神様のおかげで、ありがたいことである。鶏は時…
-
理1・山本定次郎・49
信心する人は神様に参るばかりではない。銭ももらわずお礼も言うてもらわず、至急な時に格別の親切を尽くし、急難にかかりて…
-
理1・山本定次郎・48
みな、金神様へ参ると言うて参拝ができるが、此方の広前はただ金神様だけではない。天地金乃神を拝んで、参る氏子の願いをし…
-
理1・山本定次郎・47
わがうちの人はあまり心安立て(無遠慮)が過ぎて、敬い尊むことがむつかしい。金銭はいらず、別にお礼に行くこともなし。医…
-
理1・山本定次郎・46
お前は百姓なれば、山、野、あぜに草刈りに行き、手を切りたる時、だれでもよもぎをもみてつけるが、その時、神様に頼んでつ…